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Treize


呼ばれたその眼を見れば、
瞬きする間もなく、
私は坂田氏の胸の中へ引き込まれていた。

「さっ坂田氏?!」

上半身裸の坂田氏だから、
触れる私の全てから、彼の体温を感じる。

不意に、
"昨日、この身体に…"
なんて考えた頭を振った。

「わっ私、早く屯所に戻らないと土方さんに怒られ」
「俺、紅涙ちゃんが好きだ。」
「なっ…」

坂田氏の腕が私の両脇を通り過ぎて、しっかりと向かい合うように抱き締められた。


「好きだ。」


耳元で囁く坂田氏の声は、
鳥肌が立ちそうなほど艶があった。

「やっやだな坂田氏。じ、冗談は」
「冗談言う余裕なんてねーよ。」
「っ…、」

ギュッとされればされるほど、
私の露出した胸元と坂田氏の肌が引っ付いて緊張する。

さ、坂田氏が…、
私のことを…?

「も、冗談はほんとに」
「本気。」
「うっ嘘…、」
「本当。だから誤魔化さずに、俺の話を聞いてくれ。」

坂田氏は「それに、」と続けた。

「このことは昨日、土方にも言った。」
「えっ…?!」

土方さん、に…?


「俺が紅涙ちゃんを好きだってこと。」


抱きすくめられた胸から顔を上げて見た坂田氏は、とても落ち着いていて。

一瞬にして"土方さんは何か言ったのか"気になった私より、何倍も大人に見えた。

「…、」
「気になる?土方の反応。」
「っ、べ…別に…なりません。」

覗き込んできた坂田氏から、目を逸らした。


坂田氏は鋭い。
沖田君に似てる。

私が土方さんを想っていることは誰も知らない。

誰に言うつもりもない。

だから、
動揺することは許されない。

坂田氏は私に小さく笑って、「アイツはつまんねェ男だな」と言った。

「何も言いやがらなかった。顔色もま〜ったく変えず。」
「そう…だったんですか。」

なぜか、
胸の奥がチクりと痛む。

「おまけに、紅涙を俺に預けて帰ったんだぜ?」
"涼しい顔してよ"

坂田氏の言葉に、いちいち胸が痛む。

「…、」
「紅涙ちゃん、俺の言いたいこと分かる?」
「い、いえ。」

坂田氏が私の顔を覗く。

「こんな言い方すると腹立つけど、土方は俺が紅涙ちゃんを好きなこと許してる。」
"男の家に泊まらせるぐれェに"

それはつまり、

「アイツなりに、部下の幸せを願ってんだろーな。」

私が坂田氏と、
引っ付いてもいいということ。

「…。」
「言いたかねェが、随分と悪くねェ上司になりやがったじゃねーか。」
「…そ、ですね。」

なんだ…、
なぁんだ…。

そうだったんだ…。
やっぱり土方さんは、
私のことなんて欠片も…。

「紅涙ちゃん、」

坂田氏は私の眉間を撫でるように指で擦り、

「今、好きな人いる?」

小首を傾げて聞いた。

好きな、人。

「…、」
「…いる?」

ズルいよ、坂田氏。
それだけ外堀固められちゃ、

もう私の逃げるとこないじゃない。

「…いない、です。」

私の返事を聞いた坂田氏は「じゃあ」とすぐさま声を上げた。

それに被せるように「だからって、」と私は声を出す。

「だからって…、いきなり坂田氏と…お付き合いは…、」

話すにつれて小さくなる私の声。

だって、
誰かとこうなるなんて、
全然…考えてなかったら。

坂田氏は優しく笑って「分かった」と頷いた。

「じゃあ俺のこと少しずつでいいから、知っていってくれ。」

私の額に軽いキスをして、


「絶対ェ惚れさせるから。」
"覚悟してろ"


坂田氏はニィィっと、
私のよく知る厭味な笑顔を向けた。

なんだか…、
土方さんを好きだと気づいてからの私、どんどん女々しくなってる気がする。

流されちゃいけないって、
頭のずっと奥から声が聞こえた。

「さっ坂田氏、そもそも付き合うなんて私…」
「何?」
「私はその…、真選組の隊士だし…、そういう色恋沙汰は…」
「あ。もしかして真選組って恋愛禁止?」
「いっいえ、そういうわけでは…。」

隊士の中には、
街の子に恋してる者もいるし、
家庭を持っている者もいる。

「私…他の隊士と、…皆と平等に生活がしたくて、極力女を出さずにここまで来たつもりです。」
「うん、」
「屯所内で…自分だけ、違う存在に…なりたくなくて。」
「そうか、…よく頑張ったな。」

坂田氏が、頭を撫でてくれる。

っ…、
優しくされるのは苦手だ。

自分の女々しさに、気付くから。

「…子どもみたいですけど、…単純に"女だから"と言われるのがすごく嫌で、ここまで来たようなものです。」
「…だから?」

坂田氏の眼を見ると、
息が詰まりそうになる。

「だから…、誰かと付き合ってしまうと…」
「弱くなる?」
「…はい、そんな気がします。」

私が頷けば、
坂田氏は「んー…」と上の方を見て、

「ならねーよ。」

私にニコりと笑った。
あまりにも簡単に言われ、
一瞬、呆気にとられてしまった。

「それに気付いてるなら、紅涙ちゃんは弱くならねェよ。」
「どうしてそんなことが言えるんですか?」
「だって紅涙ちゃん、頑張るだろ?」
"維持するために"

坂田氏は、
不思議な人だ。

「馬鹿にされたくねーって思って隊長クラスまで昇る気の強い女だぜ?」
"そんな簡単に弱くなんねーよ"

私以上に、
私のことを知っている。

「それに、紅涙ちゃん自身が女じゃなくなる必要なんて欠片もねェ。」

極普通のことを話しているように、坂田氏はスラスラと言う。

私の気持ちとか何も考えず、
坂田氏の思うがままに。

なのにそれが、


「"女だから"って言う馬鹿な野郎には、"女だから出来ること"で見返してやればいい。」


それがすごく、
一番いい場所に突き刺さって。

衝撃に似た痺れすら感じる。


「物は考え様。もっと自分に甘く考えるようにしてみな?」
"俺みてーに"


この話を誰かと真剣にしたことがなかったから、新鮮なのかもしれない。

土方さんなら、
どんな言葉をくれたんだろう。

土方さんなら、
…。

目の前が土方さんで一杯になった時、坂田氏の手が頬に触れた。

「そうじゃねーと勿体無ェよ。」

するりと首まで撫でられて、
坂田氏の艶っぽい笑みが私を誘う。

「せっかく可愛いのに、勿体無い。」

薄く目を閉じて、

坂田氏とキスをした。


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