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Quatorze


坂田氏の家を出て、階段を下りた場所。

「朝焼けが眩しいったらねーな。」
「いやいや、完全に朝明けちゃってますから。」

9時の空を見て目を細める坂田氏を笑った。

「すみません、お風呂まで借りちゃって。」
「今度は一緒に入ろーな。」
「ぶっ、」

外で何てことを!

「入りません!」
「何でェ?もう全てを知り合った仲なのに〜?」
「ちょっ、やめてくださいよもう!」
「それに節水にもなるしな!エコじゃねーかよ。」
「っもう!帰ります!」

フイッと後ろを向き、歩き始めた。
すると「紅涙、」と言う呼び声と一緒に、

「っわ!」

後ろから抱き締められた。

そして耳元で、

「またな。」

小声で言って、
耳たぶを舐められた。

「〜っ!坂田氏!」
「あーそれも変えなきゃな。」
「へ…?」
「"坂田氏"って言うの。"銀時"でお願いな。」
「そっそんなの呼べないです!」
「酷ェ!…まァ初めだしな。"銀さん"ぐれーからにするか。」

銀さん、か。

「はい紅涙、リピートアフタミー。」
「けっ結構です!」
「また耳舐めてほしい?」
「ぅぐ…。ぎ、銀さん…。」

私の呼び掛けに返事するように、銀さんは「おぅ!」と笑った。

その笑顔が、
すごく綺麗で。

「っ…失礼します。」

赤くなりそうな顔を隠すように、私は足早に帰った。


屯所に帰り着き、
沖田君に「朝帰りだ」と冷やかされつつ、まずは土方さんの部屋に向かった。

早朝巡回に行けなかったこと、謝らなきゃ。

「やだなぁ…反省文かなぁ…。」

襖の前で溜め息と一緒に呟いた。

と同時に、
土方さんとのことを思い出す。

「い、意識しちゃダメだ。」

何もなかったんだから。
無駄に意識してどうする。

坂田氏のことだって、
結果的に今は保留だし…。

何も言うことなんて…ないんだし。

「…おはようございます、土方さん。早雨です。」

中からはすぐに「入れ」と返ってきた。

私は深呼吸をして襖を開け、
既に煙たい部屋へ入る。

振り返った土方さんは、
ギギッ…と音が鳴りそうなほど、動きが鈍かった。

それがあまりにも可笑しくて。

「あははっ、土方さんも二日酔いですか?」

考えてたことなんて、
すぐに忘れた。

土方さんは「煩ェ!」と不貞腐れた顔をする。

「お前もすげェ呑んでたろ?痛くねェのかよ。」
「痛いですよぉ、頭が特に。」
"だから巡回行けなかったです"

へへと笑えば、
少しムッとした顔で「それはいい」と言った。

「今日はお前を休暇にしてある。」
"だから部屋帰って寝てろ"

…えっ?!

「だ、大丈夫ですよ?!仕事出来ます!」

びっくりした。
自業自得の二日酔いで休みくれる組織なんて、そうないよ。

「いいから。とにかくお前は今日休み。」
「なっ…何でですか?!」

そりゃ休み欲しいけど、
なんかここであっさり休み貰っちゃ駄目な気がする。

土方さんは頭痛を耐えるかのように目を細めて「どうせ、」と溜め息をついた。


「どうせ、昨日はろくに寝てねェんだろ?」


…これは、
どう受け取っていいの…?

お酒のせいで寝てない?
それとも坂田氏…、
銀さんと居たから…眠れてない…?

「…、」
「とっとと布団敷いて寝ろ。」

分からない。
…分からないから、

「ちゃんと寝ましたよ、昨日。」

聞く。
もう遠回しに話す必要、
全くないじゃないですか。

「…どうして寝てないって、思ったんですか?」

昨日、
土方さんは私を置いて行った。

酔っていた上に、
好意のある銀さんと、
銀さんを嫌いじゃない私を。

子どもじゃないんだから、
どうなるか容易に想像出来る。

「…。」
「…。」

どうして濁すんですか。
どうして不機嫌になるんですか。

本当なら、
アイツとどうなったんだ?って、
興味津々に聞いてくるものじゃないんですか。

なのに、

「…別に…、深ェ意味なんてねェよ。」

そんな態度されたら、

私…
どうすればいいのか分からなくなる。

「…寝ろよ、マジで。」
「銀さんに…」
「…。」
「…言われました。」
"好きだって"

何故か私は、
土方さんの顔を見れなくて。

うつ向いて、
握り締めていた自分の手を見ていた。

「何があったか…聞かないんですか?」
「…。」

ダメだ。
駄目だ。

話せば話すほど逃げたくなる。

返事が恐い。
恐いのに、
聞かなきゃ帰れない。

土方さんは溜め息を吐いた。
呆れたような。

そして言った。


「…興味ねーよ。」


私は顔を上げた。
土方さんは背中を向けていた。

「ガキじゃねーんだ。テメェがしたことに責任取れ。」

そりゃ…そうだ。

土方さんは先に帰っただけで、
銀さんと関係を持ったのは私の意思だ。

土方さんが言うことは道理にかなってる。

だけど…、
だけど。

「…ははは…、そうですよね。」

そんな言い方、ないよ。

「土方さんには関係ないですもんね。」

ああ、やっぱり私。
土方さんが好きなんだ。

だってこんなに、傷付いてる。

こんなに、

「それじゃ私、っ、部屋戻ります、ね。」

こんなに、
女々しく泣ける。


部屋を出て、
襖を閉めて。

自室までの廊下。

「っ、ぅ」

追いかけて来てくれるのを期待していた自分が、

情けなかった。


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