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Quinze


その後も、
土方さんは何も聞いて来なかった。

本当に、
興味がなかったのだろう。

少なからず、気まずくなるんだろうなぁ…

なんて思ってたのに、
土方さんは、大人だった。

「はよ。」
「っ、…おはよう、ございます。」

まるで、
何もなかったように振る舞う土方さん。

「よく眠れたか?」
「は、はい…、…。」
「そうか、良かったな。」
「…、」

私はギコちなくて。
普通にしなきゃと意識した。

だってそれは、
土方さんに感謝しなきゃいけないことだから。

気持ちは届かなくても、
変わらず、
傍で働くことが出来る。

「…女々しい。」

呟いた時、
銀さんの言葉を思い出した。


『紅涙、約束。』
『な、何をですか?』
『今後一切、"女々しい"と嘆くな。』
『でもそれじゃあ』
『"女々しい"っつーのは男に使うもんだ。お前は女。まァ性転換してェんなら紹介するけど。ってか、させねーけど。』
『…、』
『考えを変えること!女らしく女を武器にすること!』
『っ…、』
『約束守らねーと犯す!』
『ヒィィィィッ!!』


とは言っても難しい。

「はぁぁ…、」

それからの2週間は、
本当に毎日そんなことばかりを考えて。

「紅涙、見回り行くぞ。」
「っはい。」

土方さんとの見回りも、
まるで新人隊士のような緊張があった。

あんなにも普通だったことを、
欠片も思い出すことが出来ない。

私はどんな風に生活してた?
どんな風に笑ってた?


「早雨隊長、お疲れっすか?」
「え?」
「今日の報告書、俺が出しておきますよ。」

図体に似合わないほど爽やかに笑う原田君に、私は「ごめん」と苦笑した。

「お願い、しよっかな。」
「うっす。息抜きでもしてきてくださいよ。」
「ん。ありがとう。」

よく考えたら、
結局私は土方さんのことばかりを考えてて。

「…そんなに、…好きだったんだなぁ…。」

今まで秘めてた反動のように、気持ちが収まらない。


たとえ、
先が無くても。

---ヴーヴーッ…

「電話?」

この振動は着信だ。
ポケットから携帯を取り出すと、ディスプレイには"銀さん"の文字。

「もしもし?」
『あー俺俺。』
「詐欺なら間に合ってます。」
『チッ。黙って入金しろコノヤロー。』
「ははっ、随分と直球な詐欺ですね。」
『…なァ、紅涙。』
「はい?」
『今から出て来れるか?』
「…うん。」

あの夜から、
もう半月ぐらい経つけど、
銀さんとはこんな形で短い時間だけ会ったりしている。

ただ会うだけ。
色んな甘味を食べながら、
話すだけ。


「紅涙、元気ねーの?」

私たちが何もない理由は、至極簡単。

「そんなことないですよ。このパフェ、美味しいですね!」

結局、
私は断ったから。

「銀さんと…お付き合い…出来ません。」
"ごめん…なさい"

その返答が、
銀さんの告白から3日後だっただけに、

「もうちょっと考えてくれてもいいんですけど。」

銀さんはそう言って「真面目だな、紅涙は」と笑った。

「だからって俺、紅涙との縁切りたくねーよ。」
"まだ滑り込む自信あるし"

「でも」と言った私に、
銀さんは「頼むよ」と眉を下げて笑った。

「たまに会おう、紅涙。」

その笑顔が、
なんだか切なくて。

あんなに大人に見えた銀さんが、私と同じぐらい不器用に見えた。

「しばらくは友達な。」


そうして、
今に至る。

「それでよ、神楽が…」

楽しい話と、
美味しい甘味。

「紅涙と居ると甘味がいつもの三倍は旨ェな!」
「うん、私も銀さんと居ると落ち着く。」

銀さんとなら、
そんなことが言い合える。

嘘じゃないし、
冗談でもない。

「だろ?どうよ、旦那に。」
「それは心許ない。」
「酷ェ!」
「あははっ」

銀さんなら全てが解決する。
銀さんと一緒になれば。

頭の中で、何度もチラつく。

だけど。

今の私が、
土方さんを想う私が、
そんな判断をするのは間違いで。

それはただの"逃げ"で。

「じゃあまたね、銀さん。」
「…紅涙、」
「ん?」
「潰れる前に言えよ?」
「っ、」

銀さんは、
私にとって"アメとムチ"だ。

「いつでも駆けつけてやるから。」

甘い場所をくれるのに、
不思議と自立を促される。

「ありがとう、銀さん。」
「おうよ。」

紛れもなく、
大切な人。

それから、
ちょうど1ヶ月ぐらい経って。


「あーらら、紅涙。」

食堂に居た時、
沖田君が私の顔を覗き込んだ。

「死相が出てまさァ。」

私に両手を合わせて、
沖田君は「成仏してくだせェ」と言った。

「ちょっと!不吉なこと止めてくれる?!」
"まだ死んでないし!"

隣に座った沖田君を睨み、
ついさっき取ってきたお茶を一口飲む。

「だって紅涙、青白ェ顔してますぜ?」
"そんな色は死人以外に見たことねェ"

死人死人って、
ほんと失礼なやつ!

でもまぁ確かに、
胃の辺りがモヤモヤして気持ち悪いけど…。

「沖田君はもう食べたの?」
「とっくの前に。だから暇潰ししてるんでさァ。」
「…あっそ。私は今からだから、他所で暇潰してきてよね。」

フンと息を吐き、
卵焼きを口に入れた。

その時だった。

「ぅぐっ…!」

猛烈な吐き気に襲われる。

座っていた椅子も倒して、
私はトイレに駆け込んだ。

後ろで沖田君の声が聞こえたけど、とても振り返る余裕なんてなくて。

「かはっ…、」

吐きたいのに、うまく吐けない。

酔った時や、
食中毒の嘔吐とは違う。

「もうすぐ…だっけ?」

生理痛は酷くない方だけど、
それしか考えられないよね。

「…、…あれ?」

そう言えば。

「私…先月来たっけ…?」


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