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Seize


「…。」

今まで生理不順なんてない。
遅れたとしても1週間。

ずっと考え事ばかりで忘れてたけど、もう一月半は来てない。

おまけに、
この吐き気。

「…、嘘…、まさか…ね。」

考えられない。
考えたくない。

とにかくトイレから出て、
部屋に戻ろうとしていた廊下。

「あ。紅涙。」

また沖田君に会った。

「やだ何、沖田君ストーカー?」
"そんなに私のこと好きだったの?"

ヤバい。
まだ気持ち悪い。

「紅涙の顔、美白大臣も羨む白さでさァ。」
「はは…襲名しちゃおっかな。」

なんか…
足に来てる。

ちょっと、
壁に手をついておかないと…。

「拾い食いでもしやしたかィ?」
"水でも飲みなせェ"

心配、してくれてんだ。
分かりにくいなぁ、もう。

「ありがと…、沖田く、」

あ、
口開くのも辛い。

耳鳴りしてきた…。
視界も…狭くなって…。

「っ…、ヤバ…、」

自分の身体が、
まるで誰かに引っ張られるみたいに傾いた。

倒れる…!

重力になすがままだった私の身体は、


「紅涙っ!!」


いつも、
助けてくれるその声に支えられた。

「…土方、さん…、」

なんで…ここに?

「大丈夫か?とりあえず部屋行くぞ。」

でも…、
今会うには、
あまりにも酷だ。

「総悟、紅涙の飯片付けとけ。」
「へーい。」
「ひ、土方さん…、大丈夫です、私。」

沖田君の背中を見つつ、
支えてくれていた手を退けて、土方さんに笑う。

「立ち眩み、ですから。」
「違う。」

わ、私のことなのに、
そんな断言されてもなぁ…。

「部屋行くぞ。」

土方さんは私の腕を掴み、
何やら抱えてくれそうな雰囲気になった。

私は慌てて「立てます!」と言って立ち上がる。

とは言っても、
急に血が下がると。

「おいっ、」
「っ、」

ふらりとした身体を、すかさず支えてくれた。

「はは、すみません…、」

自嘲気味に言えば、
耳元で土方さんの溜め息が聞こえる。

「あのよォ、紅涙。」
「は、はい。」

私の腕を土方さんの首に掛ける。

体重を半分預けて、
ゆっくりと歩き出した。

普通に考えると、
土方さんの背が高くて、
逆に私にとって辛い姿勢かもしれない。

だけどそんなの、
全然平気。

「お前さ、もっと…」
「?」

こんな近くに土方さんが居て、

「もっと…頼れよ。」

こんなに、温かい。


「俺のこと、…頼ってくれ。」


優しい言葉に、
チクりと胸が痛む。

土方さん…、

「…頼ってますよ、すごく。」

私、いっぱい頼ってる。
土方さんが居なきゃ、
ここに私が居続けることなんて出来なかった。

「…頼ってねェよ。」
「…?」

ぼそりと言った土方さんの声は、機嫌が悪い。

何が怒らせちゃったのかな。



それでも土方さんは、
私の部屋を開けて、
手際良く布団を敷いてくれる。

「あっやりますから…」
「…。」

手を伸ばせば、
黙ってろと言わんばかしに睨まれる。

「よし。」

敷き終わって、
掛け布団をパンパンと叩く。

土方さんはこちらを向いて、
顔色ひとつ変えずに言った。


「脱げ、紅涙。」


は、

「はいィィィ?!」
「うっせェ!上着脱がねーと寝れねェだろォが!」
「あ…そっか。」

私はいそいそと上着を脱ぐ。
捲られた掛け布団に手を伸ばせば、「まだだ!」と止められる。

「シャツがシワシワになるだろーが!」
"それも脱げ!"

し、シワシワ…。
確かに。

「分かりました…、…っていやいや!それはさすがに…む、無理。」

ま、まぁ勤務の時はサラシ巻いてるから、ぬ、脱げなくはないけど…。

でもでもっ!

「無理じゃねェ!脱がねーと、寝汗で余計に悪くなるだろーが!」
「だっだけど風邪じゃないし」
「紅涙!!」
「脱ぎます!!」

脱ぐしかない!
これだけ真剣だと、
恥じらってる私が馬鹿みたいだ。

さ、サラシとか…、
下着感覚じゃ…ないし。

…。
…恥ずい!

「ぬっ脱ぎました!入ります!」

私は目にも止まらぬ速さでシャツを脱ぎ、転がり込むように布団へ入った。

「コルァァァ!何布団に入ってんだ!」
"服着替えろバカ野郎!"

土方さんは私の布団を剥ごうとする。

お、お母さんぅぅ?!
もはや土方さんがお母さんに見えますよ?!

「着物、まとめて洗濯出しちゃってないんです!」
"だからこのままで許してくださいぃ!"

私は掛け布団をギュッと握り締める。

洗濯の話は本当。
最近は雨が続いてて出せてなかったから。

土方さんは私の言葉に溜め息をつく。

「だからってそのままじゃ悪化するだろーが。」
「平気です!」
「俺の服を…」
「大丈夫ですから、ね?」

はぁぁ…、
土方さんに介抱してもらうのって、嬉しいけど大変だな。

へへと笑い掛ければ、苦笑された。

「ったく…、」

そのまま、寝転がる私の横に座る。
掛け布団を首まで引っ張り上げられて、ポンポンと布団を叩いた。

「もう気分は悪くねェのか?」
"顔色良くなってる"

あ…そう言えば…。
気持ち悪いの、なくなった。

「治ったみたいです。」

またヘラッと笑えば、「バカ野郎」と頭を小突かれた。

「そんな簡単に治らねーよ。」

呆れたように笑った土方さんの顔が、

「…お前の…、」

徐々に曇る。

「お前の体調が悪かったのは…、気付いてた。」

私の前髪に触れて、
髪を滑るように撫でた。

久しぶりの距離に、
布団から伝わってしまいそうなほど鼓動が高鳴る。

「ずっと…見てたつもりだったが、」

それどころか、
少しまつ毛が伏せられる表情に見惚れてしまって、

「だが今日のは異常だろ。」

触れられる場所に、熱が灯る。

土方さんの大きな手は、
私の頬を撫でて。

「俺の…せいか?」
「っえ?」
「あの時から…様子がおかしいからよ。」

土方さんの眉が苦しそうに寄せられる。

「お前をこんな風にしちまったのは…俺のせいなんだろ?」

ああ、そうか。

土方さんはずっと、
自分を責めてたんだ。

ずっと、
私を気にして、
私を見てくれてたんだ。

「土方さん…、」

好き、
大好き。

なのに…。

「…半分、正解です。」
"そうだった…"

もう…、
好きになっちゃいけないかもしれないなんて…、


「だけど今は、もう半分のせいですよ。」


笑えないね。


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