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Dix-sept


誤魔化すように笑えば、

「もう半分って何だよ。」

急に、
土方さんの眼が鋭くなった。

ああ…マズイ。

「そ…れは…、」

私は掛け布団を握り、鼻先まで被った。

「ひ、土方さんのことじゃないので、もう気にしないで」

そこまで言った時、

---バサッ

握り締めていたはずの掛け布団が、いともあっさり捲られた。

「なっ?!」

土方さんが私を見下ろす。

「余計に気になるだろ。」
"俺以外の話ならな"

な、
なんだろ…。

土方さん、
少し前と変わったな。

「言え、紅涙。」

私の耳の近くで手をついて、
覆い被さるように影ができた。

自分の格好にも恥ずかしいし、
私に伸びる土方さんの髪すら何だか恥ずかしい。

「あ、ぅ、ひ…土方さん、あの…」

眼を見ちゃダメだ。

全部、
ぜんぶ零れてしまいそうになる。

「た、大したことじゃないですよ。」
「…。」

だから私は、
見てみぬふりをする。

そうやって来たんだから。

「っ…布団!返してください!」

押し退けて起き上がり、
土方さんが掴んだままだった掛け布団に腕を伸ばす。

それを土方さんは、
無表情のまま部屋の端に放り投げた。

「あー!土方さん?!」
「やっぱり…万事屋に言えて、俺に言えねーのか。」
「なっ…、」

ビックリした。
銀さんが出てきたから。

「何言ってるんですか、もぅ…、」

私は確実に動揺する自分を隠しながら、
放り投げられた布団を取りに四つん這いで歩いた。

土方さんは「そりゃそうか」と、変わらず低い声で続ける。

「お前ら付き合ってんだっけ?」
「つ、付き合ってなんてっ」

そこまで言った時、
シュルッと布の擦れる音がして。

「ひぇっ!」

一気にサラシが弛みだした。

ちょっ、
ちょっと何で?!

後ろを振り返れば、
無表情な土方さんの手に、

「ななな何を引っ張ってるんですかぁぁっ!」

私のサラシの端が持たれている。

えっ土方さんが外した?
いや…、
でもそんな感覚なかったし…。
外れかかってたのかな。

と、とにかくこれだけ弛んだら、
また巻き直さなきゃ無理じゃん!

「あのっ…や、ヤバいんで…」
"部屋出てもらえると…"

胸元でサラシを支えながら言っても、
土方さんは私の言葉なんて無視して、


「呼べよ。」


真っ直ぐに私を見据えて言う。

「…え…?」
「呼べよ、万事屋をよォ。」

肩を突き飛ばされて、また布団に寝転んだ。

今度は、
土方さんに組み敷かれる形で。

「っひ、土方さん?!」
「お前がこんなことになってんだ、呼べ。」

頭の中がぐちゃぐちゃだ。

サラシは取れそうだし、
銀さんの名前は出るし、
土方さんとは急にこんなことになってるし。

「お前が呼ばねーんなら、俺が連絡してやるよ。」
"テメェの女がヤべェぞってよ"

っ…、
だからっ、

「付き合ってなんてっ…いません!」

土方さん…、
どうしちゃったの?

「確かにっ…確かにあの日、そんな話に…なりました。」
「…。」

興味ないって言ったから、
私…、
今まで何も言わなかったのに。

「だけど私…っ断って…、それで…、」

こんな風に言うぐらいなら、
普通に聞いてくれれば良かったのに。

「銀さんとは…会ってますけど、別に何も…」
「…本当か?」
「え…、」

意外にも、
土方さんは目を丸くしていた。

「本当に…万事屋と何もないのか?」

何もない…
とは言えなくて。

ただ、

「付き合ったり…してないです。」

それは本当。
私は顔を振りながら言った。

「そう、だったのか…。」

そう言った土方さんは「はぁぁ…」と脱力して、

「っわ!」

私の上にペタりとなった。
頬に土方さんの髪が掛かって、くすぐったい。

「ひっ土方さん?!」
「…やべェ、」
「?」

首元に顔を埋めている土方さんが、くぐもった声を出した。

「すげェ…安心したんですけど。」

…えっ…?!
そ、れは…。

高鳴る鼓動と期待が大きくなる時、

「紅涙、」

真剣な顔をした土方さんが、私から退いて傍に座った。

「な、何ですか…?」

私も慌てて座り直す。
もちろん胸元を支えて。

「…。」
「…?」

土方さんは私を見て、
また深い溜め息を吐く。

んん?
深呼吸…?

「紅涙は…、よくやってくれている。」
"お前を入れて良かったと思ってる"

い、
いきなり仕事モード?

私はひとまず「ありがとうございます」と言った。

だけど土方さんはハッとした顔をした。

「いや、違うんだ…、その、俺が言いたいことは…だな、」
「は、い…。」

目を泳がせる土方さんは、らしくなくて。

「その…、お前が…そういう風に見られてたっつーことに…嫌な気を起こすかもしんねェけど、」

その"らしくない"土方さんが、
何だか愛らしくて。


「俺は…、俺は…紅涙のことが…、き、嫌いじゃねェ…なと。」


土方さんと居ると、
何もかも忘れてしまう。

私のことは、
あまりにも時間がないのに。

「…。」
「…。」
「あ、のよ。」
「っぁ、はい!」

マズイ!
土方さんのこと見すぎてて、
全然話を聞いてなかった!!

「…。」

マズイまずい!
土方さんの眉間が寄っていく!

何の話だったのかな。
大体さっきの話の続き…だよね。

「あ…えっと…、嬉しいです。」
"銀さんとのこと信じてくれて"

へへっと笑えば、
土方さんは煙草に火を点けて、唸るように私の名前を呼んだ。

「テメェ…、紅涙…。」

あれ…?
違った…のね。

「は…、はい…、」
「俺の大事な話を…聞いてなかったのかコラァァァ!」
「すみませんでしたぁぁっ!」
「好きだっつってんだよコノヤロー!」

えっ、
えぇぇぇっ!!

「お前の返事はいらん!」
「えぇぇぇぇっ?!」

土方さんは、ふぅと横に煙を吐く。

そして口の端を吊り上げて、
厭らしくニヤりとして見せた。


「俺のこと、嫌いなわけねーだろうからな。」


想いが、
伝わってしまって、

「俺の言葉だけで、お前はあんなにも壊れた。」
"それが何よりの証拠だろ"

想いが、
繋がってしまった。

「だから返事はいらねーよ。」

嬉しいのに。
それだけじゃ駄目で。

「紅涙…。」

頬を撫でた土方さんの温もりが、

私の中に、
何重もの波紋を作った。


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