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Dix-huit


「ひ…じかた…さん、」

私の頬にあった手が下唇をなぞる。

「んな顔して、今更"女に見るな"とかナシだからな。」

煙草を消した土方さんと、
いつかの夜みたいに、
距離がまた、自然に縮まる。

土方さんの手は、
私の首をするりと撫でて、首の後ろから引き付けるように力を加えた。

「ひゃっ…、」

息が掛かりそうなほどの至近距離で、土方さんは私に目を細める。

「よく今まで誰も手ェ付けなかったな。」
"野郎だらけのココで"

小さく笑い、
私の額にキスをした。

「っ…、」

自分の手が、
土方さんに伸びようとしている。

抱きついて、
好きって言いたい。

だけどやっぱり頭の中で、線を越えない自分がいて。

「…。」

何も考えず、
このまま越えてしまえば、
誰も…
誰一人、幸せにはなれない。

私も、
土方さんも。

…もしかすると、
お腹いるかもしれない…子も。

「…紅涙…、」

そんなの、
嫌だよ。

「…土方さん、」

今にも唇が触れそうだった土方さんの胸を押す。

「ごめん…なさい、…。」
「…紅涙?」

ちゃんと…
調べればいいのは分かってる。

どうするべきかは、
その先にあるものだって分かってる。

でも…、

「ごめんなさい…、土方さん…。」

恐いの。

自分に子どもが…なんて、
ましてや、
銀さんとの話だなんて考えられない。

「…、」
「…どういう意味だよ。」
「その、まま…です、」

どうしても目を見れなくて。

「土方さんと…同じ気持ちじゃないって、こと…です。」

身が切れてしまいそうなほどの空気を、ただ肌で感じていた。

「だから…私は」
「そんなはずねェ。」

髪を掻きあげた私の手を、握りしめるかのように掴む。

それに驚いて、
私は土方さんを見てしまった。


「お前は嘘をついてる。」


もう、駄目だ。
今さら逸らせば、肯定になる。

「それが"もう一つの悩み"ってやつか。」

眼から、
ぜんぶ洩れていく。

「お前が嘘を吐かなきゃなんねー理由は何だ?」

土方さんの声は、
責めるようなものではなく。

絡まった糸を、
ゆっくりと戻そうとするように慎重だった。

「そこまでして守りてェもんは何だ?」

喉が、詰まる。

「紅涙、何か言えねーか?」
「っ…、」

こんなに、
私を解こうとしてくれている。

土方さんはこんなにも、
私を想ってくれていたんだ。

「俺にも…、」

空いている方の手で、
土方さんは私の頭を撫でた。


「俺も一緒に、それを守れねェか?」


ああ…。
今私の中で、
一人黙って持ち続ける許容を超えた。

この人と、
一緒に居たい。

「わたし…、」

土方さんが望んでくれるなら、
ずっと一緒に居たい。

「私…、」
「あぁ、」

それでも私を…、
望んで、くれるなら。


「…妊娠、…したかもしれません。」


私は自分のお腹を見た。


「銀さんとの…子が…、」
"…いるかもしれない"


自分の言葉なのに、
耳を塞いで逃げたくなった。

とうとう、
言ってしまった。

「…、」
「…。」

このまま土方さんの顔を見ず、この部屋から出て行きたい。

そうすれば明日には、
冗談だったんだって思わせる振る舞いをするから。

「…。」

"冗談"…。
そうだ、冗談だって言おう。

悩ませるぐらいなら、
こんなに、
考えさせてしまうぐらいなら。

そうじゃないと、
…私も、つらい。

「い…今のは冗談で」
「調べたのか?」
「えっ」

土方さんは、
先程と変わらない声で言った。

何をしてるんだとか、
どうするつもりだとか、

そういうことを一言も言わずに。

「ちゃんと調べたのか?」

土方さんはギュッと手を掴んだ。
私は顔を振る。

「…まだ、です。けど、」
「"けど"?」

今度は私が土方さんの手をギュッと握り締めた。

「…もう二ヶ月近く…来てないんです、」
"…生理が…"

口を閉じたと同時に、
何かに引っ張られて体が浮き、立たされた。

「っ土方さん?!」

引っ張り上げたのは土方さんで。

同じように立ち上がっている土方さんは、弛んでいた私のさらしに手を掛けた。

「っぇ、あっあの」
「調べに行くぞ。」

土方さんは器用に、
私のさらしを全て外すことなく締め直した。

「調べに、行く…?」

まさかと思う私の声は上擦っていて、

「どこに…ですか?」

笑えるぐらい、
余裕のない声だった。

その間も土方さんは淡々と私に服を着せ、


「大江戸病院。」
"あそこは産婦人科も入ってる"


変わらない声色で、私の手を引いた。


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