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Dix-neuf


紅涙の言葉は、

『…妊娠、…したかもしれません。』

正直、
予想外だった。

妊娠…?
紅涙が?

一瞬、言葉を忘れた。

『銀さんとの…子が…、』
"…いるかもしれない"

何か、
言ってやらねーと。
紅涙を思いやった言葉。

だが何も出て来なくて。

「…。」
「…。」

"なら、これを仕事だと考えろ"

冷静な俺が言う。

この件について、
まずやらなきゃなんねェことは?

「調べたのか?」

事実確認だ。

俺は困惑したままの紅涙を着替えさせ、有無も言わさず引っ張り出した。

「っ土方さん!」

紅涙の腹に居るとして。
親は坂田だと言ったってことは、身に覚えがあるってことだろ。

だが紅涙と坂田は付き合ってない。

「…。」

あの甘党、
軽ィことしやがって。
いい大人が"責任"忘れて行動してんじゃねーよ。

ガキが本当なら、
ブン殴ってやる。

「土方さん!」

黙々と手を引き歩いていた俺を、紅涙が力いっぱい止めた。

その眼には、
涙を浮かべて。

「っ、こっ恐いんですっ、」
「紅涙…、」

紅涙の手は、
力を入れ過ぎているせいか少し震えていた。

「私…っいっぱい…考えて、調べに行かなきゃって…何度も思ったけど…っ恐いんです、」
"自覚とか…全然ないし…"

俯いて必死に話す姿は、
俺の知っている紅涙の何倍も小さくて。

「今まで…っ刀しか持たなかった自分がっ、こんなことになるなんて…っ、」

そうだよな。
お前は誰よりも"隊士"だったんだから。

「い、いきなり病院で"ご懐妊です"とか言われても…っ私、どうしたらいいか…っ、」

坂田…、
紅涙をこんな風に振り回しやがって…。

何かあっても無くても、
一発殴るぐらいじゃ済まねェ。

「だからまだ…病院には行きたく」
「分かった。」

俺は紅涙に向き直り、
頭を撫でてもう一度「分かった」と言った。

「だが放っておいていい話じゃねェよな。」
「っ…、」

紅涙は目を逸らした後、
小さく頷いた。

そして、

「薬局…、」

ぼそりと言う。

「検査薬…します。」

妊娠検査薬か。

「そうだな、それがいい。」

紅涙を見れば、
俯きながら俺の服の端を握り締めている。

事の重大さは、
こいつが一番分かってる。

「早めに、病院行こうな。」

紅涙はまた小さく頷いた。


その足で俺たちは薬局に行った。

物が物だけに、
どんな風に扱っていいのか分からない。

店へ一緒に入っていいのか?とか、
一人で買いに行きてェもんじゃねーのか?とか、
それを俺に言い出せずに居るのか?とか。

俺よりほんの少し前を歩く紅涙の背中を見ながら考えていた。

「あ、のよ…紅涙、」

声を掛ければ、
どことなく力ない顔を向ける。

「外で…待って、るか?俺…。」

しまった。
色んなことを考えながら話すと、訳分かんねェことを言っちまった。

案の定、
紅涙はゆっくりと首を傾げた。

「いやその…待ってた方がいいのかと、思ってよ。」

何で俺が緊張してんだ?

ふと頭に響いた声に、
顔を引き吊らせて紅涙を見た。

すると紅涙は柔らかく笑って、顔を横に振った。

「一緒に来てくれると…心強いです。」

その紅涙が、
やけに愛しくて。

「っ土方さん…?」

俺は紅涙の手を握った。


「ああ。一緒に居てやる。ずっと。」


横に立って、
紅涙を見た。

驚いたような顔をした紅涙は、

「っ、」

すぐに苦しそうに眉を寄せて。

「ありがとう、ございます。」

悲しそうに笑んだ。

その眼に、
何倍もの光を集めて。


紅涙…、

俺はお前が望むなら、
いつまでだって傍にいる。

認めたんだ、
あの日の夜に。

紅涙を想う自分の気持ちを。

見ないふりをしても、
お前に手を出してしまうほどの気持ちを。

だからあの夜、
すぐに俺はそれを伝えに言った。

お前を、
失わないために。


『とっつぁん、』
『よォトシ。こんな夜更けにわざわざ来たんだ、いい返事だろォなァ?』
『今回は…勘弁してほしい。』
『何だと?どういうことだテメェ。』
『紅涙は…異動させない。』
『なら辞めんだな?』
『辞めさせねェ。ずっと…真選組の隊士だ。』
『馬鹿かお前ェは。お上が目ェつけてんだ、"隊士に女はいらねェ"ってよ。』
『紅涙の力量は相当だ。今アイツが居なくなると真選組は確実にブレる。』
『…トシお前ェ、』
『これだけ重宝してる存在でも、"お上サマ"が足りてねェっつーんなら俺が埋める。いくらでも働くから、紅涙のことはうまく見逃してやってほしい。この通りだ、頼むとっつぁん。』
『やめろトシ。土下座は何の意味もねェ。』
『だがっ、』
『お前、』
『…。』
『そこまで庇うのは…惚れてんのか。』
『…。…惚れてる。』
『ハッ、それを早く言わねーか!』
『えっ…』
『わかった、おじさんがうまァァくやり過ごしてやるよ。』
『い、いいのか?!』
『お前が惚れてるんなら仕方ねェ。まァ今さら辞めさせようっつーのが道理にかなってねェよ。』
『とっつぁん…。』
『大事にしろよ?近藤と違って、こんなことお前は珍しいんだからよ。』
『…あァ。』
『あと、この話は他言無用だ、いいな。』
『ありがとう、とっつぁん。』


皮肉にも、
俺が気持ちを認めたのは坂田が切欠になった。

あの夜。
坂田とは約束をして、紅涙を預けた。


『しばらく休憩させて、早く帰るよう言ってやってくれ。』
『へ〜い。』
『…寝てるからって、同意もなく手ェ出すなよ。』
『…ふ〜ん。』
『ンだよ、その返事。』
『同意があったら手ェ出していいんだ。』
『…俺にどうこう言う理由はねェ。』
『まァそうだわな。ただの上司なんだし?』
『…だが約束しろ。同意がないのにンなことしやがったら、ここで生きてけねェと思え。』
『おー恐。安心しな、俺もそこまで落ちた男じゃねーよ。』


そして。
紅涙が帰って来たのは朝だった。

朝帰りしたことに冷たく当たっちまっても、
俺は紅涙が好きだった。

たとえ坂田と引っ付いても、
きっと俺は紅涙を想う。


俺に出来ることは、傍に居てやること。

お前が望むなら、
俺はいつまでだって傍に居る。

…だから、
泣きたい時に我慢すんなよ。

理由なんて聞かねェから。


泣きたい時は、

泣けばいい。


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