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Vingt et un


陽性…。

陽性って…、
妊娠…してる可能性があるってこと…?

「うそ…、」

手が、震える。

これをするまでだって、
いっぱい色んなこと考えたけど、

「わ…、わたし…、」

瞬間的に、
この先のことが頭の中に浮かんだ。

ここを辞めて、
銀さんと家庭を持つ。
土方さんと一緒になんて、いれるわけなくて。

「どう、しよう…、」

違う、
銀さんのこと嫌いじゃない。

きっと一緒に過ごせば、
もっといいところも見つけて、大好きになる。

なのに、
私の気持ちが晴れないのはどうして?

「私…、親に、なるの…?」

想像できない。

だけどそんなのは誰でも。
それに、
いつかなるかもしれない話。

いっぱい考えて、そう思った。
だから本当に居るのなら、私は産みたい。

「土方さん…、」

それだけ?
それだけ、なのかな。

それが、
私を前向きにしないのなら…、

「…忘れるしか、ないじゃない…、」

また、そうするしかない。

「やっぱり…、無理なんだ…、」

土方さんと私は、
一緒になれないようになってるんだ。

きっと、そう。

「もう…、っ、なんでっ、」

顔を手で覆った時、ダメだと思った。

こうして何度もあの時間を悔いても、戻れるわけでもない。

無駄な悩みは、やめないと。
お腹の子に、失礼すぎる。

「…報告、…しに行かなきゃ…。」

あと、土方さんに感謝…しなきゃ。
検査できたのは、
土方さんが居てくれたおかげだから。

ありがとう、って…。
言わなきゃ…。


「…土方さん、」

静かな部屋の前。
煙の匂いが、中に居ることをうかがわせる。

「入れ。」
「失礼します。」

土方さんは机に向かったまま。
私はその背中に、
唇をキツく閉じて「私、」と元気よく声を出した。

「私、妊娠してるみたいです。」

顔は笑顔を浮かべて。

土方さんは、
私の言葉に振り返り、
私の顔を見て眉をしかめた。

「産みたいと、思います。」
「…、」

笑っていられるように、拳を握りしめた。

「不安な時に、一緒に居てもらって…ありがとうござ」
「まだ認めねェ。」
「…、土方さん…?」

土方さんは黙って上着を手に取った。
立ち上がって、私の前に立つ。

「病院、行くぞ。」
「えっ、」
「嘘でも笑えるようになったんだ。病院、行けるだろ?」
「っ、」

その土方さんの言葉は、
色んな意味が含まれていた。

僅かな私の心境の変化も、
私の笑顔も、見破っていた。

「病院…、」

検査薬にも書いてた。
病院行って、正確な判断してもらえって。

陽性だった以上、
早い方がいいのは確か。

土方さんはまた私の手を引いた。

そんな状況を、
山崎君に見られて。

「えっ、副長?!と紅涙ちゃん?!何で手なんて繋いで」
「黙れ山崎、俺が帰るまで今見たことは忘れろ。」
「そっそんなこと急に言われましても」
「あァん?」

土方さんは通り過ぎた足を止めて、

「今この俺が忘れさせてやろーかコラァ!」

思いっきり山崎君を睨む。
山崎君は顔を左右に振って「忘れました!」と言った。

そして敬礼をして、

「山崎退!今見たことは全てデリート致しました!」

"失礼します!"と走って行った。

「はは…、山崎君には悪いことしちゃったな…。」
"あとで弁解しないと、ですね"

再び手を引いた土方さんに言えば、「必要ねェよ」と返事をした。


そして、大江戸病院。

「くそっ、17時からかよ。」

午後の診療時間は終えていて、私たちは予約だけをした。

夜間の診療時間まではまだ時間があって。

「…土方さん、私一人で来ますよ。」
「…、」
「時間が中途半端だし、土方さんは戻ってください。」
"私、もう大丈夫です"

にこりと笑って、土方さんの手を離した。

だけど、

「なら、俺が大丈夫じゃねェ。」

土方さんが私の手首を掴んだ。

「お前の帰りを待つ時間を考えると、気が遠くなる。」
「土方さん…、」

「それに、」と土方さんは続けた。

「妊娠、俺はまだ信じてねェから。」
「…、」
「俺の耳で、医者の話を聞く。それまで信じねェ。」

口を閉じれば、今度は「悪い」と言った。

「お前が嫌がることはしねェつもりだったが、もう…そんな余裕はなくなった。」

真っ直ぐに、私の目を見て。

「お前が嫌がっても、俺は一緒に行く。」

どうして…、
どうして土方さん…。

「お前が笑うまで、俺は傍にいる。」
「やだな…土方さん、…私、…笑ってるじゃないですか…、」

土方さんは「そうか、」と困ったように笑んで。

「じゃあ、声上げて笑うまで傍にいる。」
「すぐに、笑いますよ…ほら、あははは…はは、…、っ、」

痛い。
喉の奥が、キリキリする。

「ね…?笑った、でしょ?」
「…ああ。笑ったな。」
「…っ、…土方さん…、」
「なんだ?」

好きだよ、
…好きだよ、すごく。

「うそ、です。…ほんとは、っ、笑えてない、から、」
「ああ。」

土方さんの指が、瞼を撫でる。

スッと冷たくなるのを感じて、涙を我慢出来なくなった。

「っ、傍に、いてっ…、」
「ああ。いる。」

土方さんが、ギュッと抱きしめてくれる。
土方さんの体温を感じて、また弱い自分になった。


「お前が俺をいらねェって言うまで、ずっといる。」


どうすれば、
好きじゃなくなるの?

どうすれば、
土方さんをいらないって言えるの?

分からない。
ずっと、分からないまま。

それでも、
時間は流れてるから、前を見なきゃいけない。

前を…。


「あーらら。お熱いこと。」


その言葉に、ハッとした。

「今時の警察は、病院の前で何してんだかね。」
「坂田…。」

銀さんが、そこにいた。


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