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Due


あの日は、
すごく暑くて。

スカーフが首に纏わり付いて、
気持ち悪かったのを覚えてる。


「あぁぁ暑いぃぃー。」
「言うな、余計に暑くなる。」

土方さんは前を見たまま、僅かな声で返した。

目前にいるのは、
私たちが尾行していた犯人。
物陰に隠れながら様子を窺ってはいるが、何しろ暑くて。

「早く終わらせたいぃー。」
「右に同じ。」
「早く捕まえたら、駅前のパフェ奢ってくれますか?」
「悪くねェ条件だ。」

土方さんは「だがな、」と振り返った。

「早く捕まえられねェから、俺たちは尾行して機会を窺ってるわけだ。そう簡単に」
「行ってきます!」
「あァ?!テメッ、人の話を聞いて」
「コラァァそこの男!!」
「…馬鹿が。」

私は土方さんの声を背中に受けながら、前を歩く男に斬り掛かった。

「なんだ貴様ァァ!」

男は機敏な動きで、あっさりと私をかわす。

ま、まぁ今のは当然よ。
ぜんぜん本気じゃなかったし。

「そ、その服はっ!」
「真選組に決まってるでしょーが。諦めなさい。」
「チッ、女のくせに舐めんじゃねェ!」

男が刀を振り上げたと同時に、右腕に焼けたような痛みを感じた。

見れば、
スッパリと切目が入り、血が滲み出ていた。

「丁度いい。新しい俺の刀に血をくれよ、真選組サン。」

さっき、
この男の太刀筋が見えなかった。

これはもしかすると…
マズい?

「紅涙、下がれ。」
「ッ、土方さん。」

腕を押さえた時、
土方さんが私の前に立った。

「ったく、突っ走るからだろーが。その腕じゃ無理だ、援護に廻れ。」
「これぐらい問題ありません!腕だって動くし…。」

刀を握り締めると痛みが走る。
思わず歪みそうになった顔は、歯を食い縛って耐えた。

「ほら、平気です。」

土方さんを見た時、
その向こうで男の笑みが眼に映った。

ヤバいっ、
来る!!

「っ、土方さんっ!」
「?!」

男がこちらへ駆け込むのが先か、
私が土方さんの前に出るのが先か、

性に目を瞑りそうになるのを耐えて抜刀しようとした。

が、

「グェッ!」

男はこちらへバタりと倒れた。

「…え?」

目を凝らす前に、
その男の背中には、ひらりと見知った影が降りた。

「まーったく、危なっかしー。」

片手にアイスを持った、
土方さんの嫌いな銀色。

「坂田氏!」
「なんでお前が…。」
「ちょっと紅涙ちゃん、何だよ"坂田氏"って。銀ちゃんでいいから。せめて銀さんでお願い。」

坂田氏は寝そべる男から飛びのいた。

雑に頭を掻きながら「おい、そこのニコチン」と、土方さんをアイスで指す。

「早くお縄掛けないと、また紅涙ちゃんが斬られるじゃねーか。」
"ボケッとしてんな"

土方さんは何かを言いかけたけど、
代わりに舌打ちをして、素直に男の方へ向かった。

「あっ土方さん、私がします。」

掛け寄った私に、坂田氏が「ダメダメ〜」と言った。

「紅涙ちゃんは先に止血しねェと。」
"甘くみてると貧血になっちゃうから"

言われて見れば、
腕の血はだらし無く垂れ続けたままだ。

「うわ、ほんとですね。ひとまず縛っておきます。」
「待て。」

首に手を掛けた時、土方さんがスカーフを緩めた。


「俺のを使え。」


押さえこんだ男を右手に、
反対側の手でスカーフを外した。

「いいですよ、私の使いますから。」
「お前、洗い替え持ってねェだろ。」

よ、よくご存知で。
…細かいことまで。

だけどさすがに借りられない。
気が引けて仕方ない。

「問題ないです、自分の使います。」

私は土方さんが差し出すスカーフを笑顔でスルーし、自分のスカーフを腕に向けた。

「あ、紅涙ちゃん。俺がやってやるよ。」
「坂田氏、出来るんですか?」
「紅涙、そいつは怪我ばっかしてる下手野郎だ。ンなこと朝飯前だろーよ。」

あちゃー。
土方さんがとうとう苛立ってきた。

「そーんなこと言うんだー。人一人守れねェお前よりマシだと俺は思うがね。」
「テメェが怪我すりゃァ守るもんも守れねェだろーが!」
「坂田氏ぃ、アイスが溶けてきてますよー。」
「ぉわっ!」

長くなるのは目に見えてる。

私は小さく溜め息を吐き、スカーフを咥えた。
坂田氏は、やると言ったが断った。

「止血も慣れっ子ですよ。私も坂田氏に負けないぐらい怪我してますから。」

へへと笑えば、
坂田氏は「紅涙ちゃん…」と、また感慨深げに言った。

「部下に怪我ばっかさせてるたァ、とんだ上司じゃねーか。」
「何が言いたいんだテメェは!」
「あーもう二人とも!」
「「悪ィ…。」」

ギュッと腕をスカーフで縛り上げ、「さ、行きましょうか」と土方さんに声を掛けた。

「早くその男を引き渡して、駅前のパフェ奢ってもらわないと。」
「あァ?!条件達成してねェじゃねーか!」
「固いこと言わずに、土方さん。早く逮捕したことには変わりないじゃないですか。」
「調子いいこと言いやがって…。」

土方さんは「ったく」と呟き、男を引っ張るように立ち上がった。

「それじゃ、坂田氏。」
「おぅ駅前の喫茶店で。」

「後でな」なんて言って軽く手を挙げた坂田氏に、土方さんが「何でだよ!」とすかさずツッコんだ。

「お前は関係ねェ!来んな!」
「パフェには俺が付き物なんだよ。」
「憑き物の間違いだろ?!」
「土方さん、上手いこと言いましたね。」
「お前もいちいち拾うな!恥ずかしいわ!」

土方さんは八つ当たりのように男を引っ張り、「行くぞ!」と言った。

坂田氏は「先に行ってるぜェ」と言って、私たちを見送った。


そして数時間後。

「遅かったなァ、お前ら。」
「…す、すごい。」
「お前…何杯食ってんだよ!!」

坂田氏は、
本当に駅前の喫茶店にいた。

大量の空きパフェと共に。


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