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Trois


「あー…もう食えねェ。」
「そりゃぁそうだろーよ。」

自分のお腹を撫でる坂田氏の向かいで、
土方さんは苛立った様子で煙草を揉み消した。

私は土方さんの隣で、
坂田氏お勧めのプレミアム苺パフェを食べていた。

「土方さんは食べないんですか?」
「お前ら二人の甘ェ匂いで満腹だ。」
「放っとけ放っとけ、紅涙ちゃん。あ、それ一口頂戴?」
「いいですよー。じゃぁ坂田氏のも一口くださいね。」

隣で新しい煙草へ火を点けるのを横目に、私と坂田氏はパフェを交換した。

「紅涙ちゃん、そのクッキー美味いぜ。一口食ってみ?」
「これですか?…ん〜っ!!美味しいー!!!」
「だろ〜?それ半分残しててくれよな。」

坂田氏はニマニマして私のパフェを食べ、また交換して元に戻った。

「おい、アホの坂田。」
「懐かしいですね、土方さん。」
「…何かなァ、大串君。」
「あ、坂田氏も懐かしい呼び方ですねぇ。」

土方さんは片肘を付いて、
ものすごく苛立った様子で「それ」と言った。

「食うな。」
「はァァ?何を言ってるのか分からないなァ。」
「しらばっくれんな。お前の変な下心が見え見えなんだよ。」
「土方さん、あれは坂田氏のパフェですよ。」
「違ェ。」
「違わなくないですー。これは俺のですー。」

そう言った坂田氏は、
クッキーにたっぷりのアイスをつけて口に入れた。

「テメェェェ!!」
「ちょ、土方さん。どうしたんですか?」
「紅涙!お前ももっと意識しろ!!」
「え、何で怒られてるんだろ…。」
「ほんとほんとー。紅涙ちゃんは何もしてないのになァ!」

坂田氏は「可哀相に」と言って、苺をくれた。

「させるか!!」

それを土方さんがものすごい勢いで横から奪って食べた。

「なんだ土方さん、食べたかったんなら言ってくれれば良かったのに。」
「違ェよバカ!!頼むからほんと、刀持ってねェ時も気を張ってくれ…。」

私の隣で土方さんが肩を落とす。
そんな向かいで、スプーンを咥えたままの坂田氏が「あ!」と言った。

「そうだ、紅涙ちゃん。今度さ、"すまいる"で飲み放題あんだってよ。」
「え…?スナックですよね、あそこ。飲み放題って…。」
「何周年からしくてよ、安い酒だけだが大盤振舞だってよ。」
「へぇ…それはスゴイですね。近藤さんも行くんだろうなぁ。」

坂田氏はパフェの底に溜まっていたアイスを綺麗に掬って、「でさ、」と続けた。

「つまみぐれェなら食い放題っつってるし、行かねェかなーって思」
「行かねェ。」

私が返事する前に、土方さんが答えた。
驚いて隣を見れば、山盛りになった灰皿の隅で煙草を消していた。

「悪ィが、紅涙は酒を呑まねェんだよ。」
「…の、呑みますけど、私。」
「それにその日、俺と紅涙は夜間見回りだ。」
「そ、そうだったんだ…。」

土方さんは灰皿を隅に寄せて、「だから」と坂田氏に言った。

「お前一人で行け。そしてボッタくられて来い。」

すぐさま坂田氏は「ンだとォォ?!」と声を上げたが、土方さんは大して気にする様子もなく立ち上がった。

「行くぞ、紅涙。」
「あ、はい。」

続いて私も立ち上がる。
土方さんは伝票を持って歩いて行く。

その背中越し、

「紅涙ちゃん!15日、すまいるに集合な!」

坂田氏の声が聞こえたから、頭を下げておいた。


お金を払い終えた土方さんが、
店の外に出て早々、煙草に火を点けた。

「ったく。やっと解放された。」

そう言って、
なんとも気持ち良さそうに煙を吐く。

「ご馳走さまでした、土方さん。」
「構やしねェよ、倍にして返してくれれば。」
「…鬼。」
「今更だろーが。」

鼻で笑った土方さんとの帰り道。
「見回りも兼ねて」と遠回りをして屯所まで戻ることにした。

「それにしてもお前、」
「はい?」

行き交う人を見ながら返事をする。

怪しい人は特になし、か。

「アイツが居ると、やけに楽しそうだよな。」
「…え?"楽しそう"…でしたか?」
「あァ。屯所の紅涙とは…違う。」
「ど、どんな風にですか…?」

坂田氏が居ると楽しそう…?

別に…、
そんなことはなかったんだけど…。

「そうだな…、何というか…。俺とお前はもう随分長い付き合いになるが、」
「はい。」
「普通に見える。」
「ふ、普通?!」

私、普段から"普通の人"だったと思うんですけど!?

「年相応というか…、」
「う…。」

確かに、
『年齢よりしっかりしてるね!』とか、よく言われますけど。

土方さんは、
地味に私が傷ついているのも知らず、感慨深げに煙草を吸って。

「お前も、」

雲を作るかのように、
上を見上げながら煙を吐いて。


「女だったんだよなァ。」


"女"。

土方さんの言葉を聞いた時、頭の中が一瞬で白くなった。

「…やだなぁ、土方さん。」

私、
私、居れなくなる。

「そんなこと、言わないでくださいよ。」

今更、
今さら"女"なんて言葉、使わないで。

「"女"なんて…、ここ入った時に捨ててますよ。」


私は、

「私は、真選組隊士。それ以外の何者でも…ないんですから。」
「紅涙…、」

山崎君とか、沖田君とか、
みんなと同じ隊士。

平等に、見てください。

私は、
"女"じゃない。

男に守られるような、女じゃない。

「でも、そんな風に見えたんなら私が駄目なんですね。これからはもっと気をつけま」
「紅涙、もういい。」

頭で考える前に、
すらすらと言葉が出てきて。

土方さんは私の肩を掴んで「悪かった」と言った。

「ど、どうして土方さんが謝るんですか。」
「お前の考え、分かってたのに言っちまった。」
"すまねェ"

私の髪をグシャりと一度撫で、
「お前はよくやってる」と土方さんは眉を下げて笑んだ。

「帰るか。」

足を進めた土方さんの背中。

本当は、
分かってる。

「…。」

どうやっても、
私は山崎君や沖田君になれない。

どれだけ手柄を立てても、
どれだけ地位が上がっても、

私が"女"である限り、
みんなと同じ線に立てない。

「…っ、」

どこかで必ず、私を"女"だと思ってる。

私自身が、
引け目を感じているように。

「紅涙?早く来ねェと陽が暮れんぞ。」

さっきの喫茶店で、
土方さんが「もっと意識しろ」って言ったのだって、

「…。」
「…紅涙?」

意識しちゃ、駄目なんですよ。

私は、
"女"じゃないんだから。

「っぅ…、」
「…。」

入隊した時、
みんなの視線と気遣いが悔しくて。

何度も泣いた。

毎日泣いて、
明日からは泣かずにすむぐらい強くなるって、頑張った。

「っ、土方、さんっ…、」
「…ん?」

また、
明日から頑張ろう。

まだ、
私はあまりにも弱い。

「今だけっ、…泣きますっ…、」
「…あァ。胸貸すか?」
「大丈夫、っです、」

屯所まであと少しの道端。

土方さんの隣で、
しゃがみ込み、膝に顔を埋めた。


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