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Quatre


屯所に着いて、
紅涙は恥ずかしそうに笑って頭を下げた。

「すみませんでした、土方さん。」
「いや、…気にすんな。」

まだ目が赤い。
少し腫れぼったい気もする。

本気で泣いたのか。

「紅涙、少し話すか?」
「…すみません、これから用があるので。」
「そうか…。」

「失礼します」と頭を下げ、去っていった紅涙。

用なんて、知れてる。

「また稽古か…。」

昔から、
泣いた後は道場に行くのがお決まりのヤツだった。

「…。」

紅涙を、
あんな風にしてしまったのは俺たちの責任でもある。

俺たちが、
あまりにも"男"を意識した組織にしたから。

「…難しいな。」

捲っていた書類を止め、煙草に火を点けた。


紅涙が隊に入るのを渋ったのは俺。

だが、
紅涙を隊に入れると許したのも俺。

あいつに"女だから"と言うのなら、

入隊なんて、
させやしなかった。

「潰れやしねェだろーが…、な。」

あいつは人一倍、負けん気が強くて。
そのくせ、脆い。

「…。」

そんなこと言えば、
紅涙はまたもがくだろうから言わねェが。

「あいつ…こだわり過ぎなんだよ。」

"女"だからってなんだ。
もう紅涙は、ここの隊士だろーが。

何を恐れることがある。

発想を変えろ。
お前が"女だから"出来ることを考えろ。

それを身に着ければ、
お前はまた強くなる。

…とは言え、

「何を言っても結局は他人事、か。」

安易に口を出しては、
紅涙を追い詰めるだけになる。

俺に出来ることは、何もない。

「はぁぁぁ…。」

盛大過ぎるほどの溜め息を吐いた時、「あんらァ?」と障子の向こうで声がした。

はぁぁ。
また溜め息が増える。
えらく面倒なヤツに聞かれちまった。

「土方さんが溜め息たァ珍しーですねィ。」
「…珍しかねェよ、誰かのせいでしょっちゅうだ。」
「"誰か"?誰かって誰ですかねィ。」
「はぁぁぁ。」

こいつは何でこうもタイミングいいんだ?
どっかで見てんのか?

「あ。分かりやしたぜ、土方さん。」
「何が。」
「紅涙でさァ。」
「あァ?!」
「紅涙を想うがあまりに、自分の気持ちが溢れてどうしようもない恋の溜め息で」
「違ェよバカ!!」

障子に寄りかかるようにして腕を組む総悟は、「いんや」と首を振る。

「あながち、間違っちゃいねェと思いますぜ。」
「…間違ってるよ、10割。」
「ほー。ふーん。へー。」
「なんだ、その薄っぺらい相槌は。」

総悟がじっとりと見やる一瞬の静かな間に、遠くでパンッと音がした。

時計を見れば、
帰って来てから3時間は経っている。

「…紅涙、まだやってるのか。」
「やってますぜ。何があったのか知りやせんが。」
「…何もねェよ。」

もう総悟には付き合ってらんねェ。

俺は総悟に背を向け、「早く出ていけ」と言った。

「…。」
「…。」

急に黙りこんだ総悟のせいで、
部屋の中には俺の捲る書類の音しかない。

「…。」
「…。」

カサカサと音が響く。
総悟は一言も話さないが、出て行った様子はない。

何より、
煩いほどの気配がある。

「…。」
「…土方さん、」
「なんだ。」

まだ何か言う気か。

「行ってやったらどうですかィ?」
「…。…俺が行っても、邪魔だろうよ。」
「そりゃァそうかもしれやせんが。」
「そこ否定しろよ!」

振り返れば、
総悟は紅涙が居るであろう道場の方を見ていた。

「土方さんしか居やせんよ、紅涙を支えられんのは。」
「…。」

珍しいこと言いやがる。

何かにつけ、
自分を一番に考えるやつが。

「ここに来て、一番長い時間過ごしてるのは土方さんですからねィ。」
"さすがの俺でも、時間にゃ敵いやせんよ"

そうだった。
こいつにとっても、紅涙の存在は大きい。

…"こいつにとっても"?
"も"ってか、俺。

「ま。これで折れるよォなら、紅涙はそこまでのヤツだったってことでさァ。」

総悟は言うだけ言って、
満足したかのように部屋の前から去って行った。


俺はその居なくなった廊下を、

正確には、
紅涙が鳴らしてるであろう稽古の音を、

ただ静かに聞いて。


「…ちょっとだけ、な。」


腰を上げた。


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