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Six


土方さんを追い掛けて、
着いた食堂は半分電気が消されていた。

先に入った土方さんが、
厨房に残っていた炊事担当のおばちゃんに声を掛ける。

「すんません、今からいいっすか?」
「あら副長さん!てっきり食べに出ちゃったのかと思ってたわぁ。」
"すぐに用意するわねぇ"

おばちゃんは、すぐにバタバタと夕飯の用意を始めてくれた。

土方さんが席に着いて、
その向かいに私も座る。

座ってすぐ、
土方さんは灰皿を手前に寄せて、煙草に火を点けた。

慌ただしくなった厨房から、
おばちゃんが「でも良かったわぁ」と言う。

「副長さんも紅涙ちゃんも夕飯いらないって聞いてたから、今から廃棄するとこだったのよぉ。」

土方さんはその言葉に片眉を上げた。

「おばちゃん、それ誰が言ってた?」
「誰って総悟君だけど…あら。その様子じゃまた嘘ついたのねぇ、あの子。」

おばちゃんの返事に、
土方さんは溜め息と一緒に煙を吐いた。

「すみません、総悟にも言っときますんで。」
「いいわよ副長さん。総悟君の嘘はダジャレみたいなもんだからね。」

ケラケラと笑いながら、
おばちゃんは「はい、どうぞ」と夕飯を机に置いてくれた。

湯気の出たご飯。
いい匂いのおかず。

「はぁぁ…お腹減ったぁ。」
「今から食うだろーが。」

向かいで土方さんが笑い、「頂きます」とご飯を食べた。

時計を見れば21時。
20時以降はセルフだから、
この時間におばちゃんがいることは奇跡に近い。

「ちゃんとご飯食べられたのも、土方さんがおばちゃんを引き止めておいてくれたお陰ですね。」
"呼びに来てくださって、ありがとうございます"

頬張って、幸せいっぱいに顔を上げれば、土方さんはピクりと動きを止めた。

片付けをしていたおばちゃんが、手を拭きながら来る。

「何の話だい?紅涙ちゃん。」
"引き止めるって、あたしをかい?"

お味噌汁をすすって、「はい!」と私は頷いた。
おばちゃんは不思議そうに首を傾げる。

「おかしいねぇ、引き止められた覚えは」
「あーおばちゃん、後は片付けとくから。」

話を遮ったのは土方さんで。

おばちゃんは土方さんの怪しい行動に気を止めることなく、「悪いわねぇ!」とあっさり帰ってしまった。

「…?」
「…。」

とうとう私たちだけになった食堂は、
土方さんのマヨネーズご飯をすする音が響く。

私が言ったこと、
何か変だったのかな…?

「土方さん、私何か変なこと…」
「煩ェ。手ェ止めてねーで、とっとと食え。」
「あ、はい。」

土方さんは私と目を合わさず、掻き込むようにしてお茶碗を傾けた。

これ以上、
掘り下げて聞いてはいけないようだが、怒ってはいない様子。

まぁいっか。
ご飯も美味しいし。

「この焼き魚、脂のってて美味しいですね。」
「あァ。」

二人だけの会話は、
ぽつりと浮いては消える。

このまたシンとなった空気が、
先ほどのことを思い出させた。

『お前が、大切だ。』

あれは、
紛れもなく私に言った言葉。

『今更失うなんて、考えられねェ。』


私だけに言ってくれた、土方さんの言葉。

情けないないことに、
思い返すだけで鼓動が早くなる。

ご飯だって、もう入らない。

「…。」

あと少しで完食の頃、
私は箸を置いた。

鼓動に意識すれば、
背中まで振動してるんじゃないかと思う。

「…紅涙?」

思いっきり意識している自分に、
自身が目指す姿を見失いそうになる。

この場に必要ない、
"女"な自分。

きっと、
この先でも邪魔になる。
切り離す、自分。

なのに。

「なんだ、もう腹いっぱいか?」
「…はい、」
「じゃァこれ貰うぞ。」

もし、
土方さんが。

「…土方さん、」

土方さんが、
望むなら。

「さっき…言ってくれたこと…、」
「…"さっき"?」

"女"である私を、
土方さんが望んでくれるなら。

「稽古場で…言ってくれたこと…、」
「…。」

私、
"女"でいい。

一瞬でも、
そんな風に考えた自分がいた。

土方さんが、

私を、
隊士じゃない私を、


「あれは…どういう意味だったんですか…?」


必要だと、
言ってくれるなら。

土方さんはチラりと私を見て、箸を置いた。

お茶を飲んで、
湯飲みを置いた。

「…あれは、」
「…はい、」

お茶を見つめたままだった土方さんが、顔を上げる。


「…あれに、深ェ意味なんてねェよ。」


言い終わるや否や、
土方さんはお茶を飲み干した。

"深い意味はない"

私の頭の中には、
鈍い音の鐘が響く。

「…真選組の考えを言っただけだ。」
「考…え?」
「組織は隊士が要だ。ましてやお前は隊長クラス。欠けることなんて許されねェ。」
"そうだろ?"

鈍い鐘の音が気付かせてくれる。

この場所にいる私を。
見失いそうになった"私"を。

「そう…ですよね。」
「…おぅ。」

私は、
真選組隊士。

それ以上でも、以下でもない。

「…、」

痛むな、心。
締め付けるな、胸。

「…安心しろ。」
「?」

土方さんは、
とても苦いものを口にするかのような顔をして。


「お前を…女になんて見てねェから。」


曖昧な笑顔で、
私にそう言った。


「お前がそう思われんの嫌だってこと、…十分わかってるからよ。」


私は、ずるい。

「は、い…、」

都合よくコロコロ変えて。

この現状を望んだのは、
他の誰でもない、

私なのに。

「ありがとう…ございます。」

傷つくなんて、

お門違いだ。


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