7


Sept


あの後、
土方さんは優しかった。

「すまなかったな」と言って、
「これからも頑張れよ」と笑ってくれた。

私は、

「は、い…、」

たった一言、
掠れた声で返事をしただけ。

「じゃァな、おやすみ。」
「おやすみ…なさい。」

土方さんが席を立った後、
居なくなったその場所を見た時に耐えられなくなった。

すごく、

痛くて、
苦しくて、

切なくて。

とうとう、
土方さんへの気持ちが溢れた。

目から、ぽろぽろ零れた。

結局、
私も口先だけなのだ。

"女"だなんだと、
周りには散々言ったくせに、自身がこれだ。

「っ…、」

この気持ちは、
誰にも言えない。

いや、
言うつもりもない。

だけど、
なかったことには出来ない。

それをするには、
もうあまりにも時間が経ち過ぎた。

「っ…自業自得…、」

口を閉じればいい。

黙っていればいい。
私が話さなければいいんだ。

それで、
全ては元通り。

何事もなく、
これからもここにいる。

ここに、
居れる。


なのに。
そう思えてたのは、

あの15日までだった。


1日の仕事も終え、
部屋に戻っていた夜。

---ヴーッヴーッ

携帯が鳴る。
着信を見れば「近藤さん」となっている。

通話ボタンを押せば、
賑やかな背景が窺えた。

「もしもし?」

今日は15日。
坂田氏が言ってた日。

ここにいる私は、
当然行かなかったわけで。

「近藤さん?お迎えですか?」

もう店から追い返されたのかと思った私は、酔っ払っているであろう近藤さんに声を掛けた。

すると、

『ぉわっ、おい!おいゴリラ!』

焦って叫ぶ坂田氏の声。

何?!
近藤さんに何かあった?!

「坂田氏?!どうしたんですか?!」
『紅涙か?!ちょ、ヤべェよ!早く来い!!』
「なっ何があったんですかっ…って切れちゃったし…。」

ガチャガチャと忙しなく鳴った後、ブチッと電話は切れてしまった。

「近藤さん…大丈夫なの?!」

私は携帯を握り、
隊服の上着を手にして部屋を出た。


まず行ったのは土方さんの部屋。

「土方さん!」

私の緊迫した声で、
すぐに土方さんは開けてくれた。

「どうした?」
「あのっ近藤さんがヤバいって電話がっ、」

抜粋し過ぎた言葉は、
きっと土方さんを慌てさせるはずなのに。

「…分かった、ちょっと待ってろ。」

土方さんは極めて冷静で。

詳しく聞くこともなく、
私と同じように上着を手にして、ポケットには煙草を詰めた。

「行くぞ。」
「はっはい!」

パトカーに乗り込んで、すまいるを目指す。

繁華街周辺は、信号が多い上に混んでて。

「サ、サイレン鳴らしますか?」

運転する土方さんに聞けば、
「バカ野郎」と鼻で笑われた。

「事件でもねェのに鳴らすやつがいるかよ。」
「でっでも、もしかしたら事件になってるかもしれませんよ?!」

慌てる私に、
土方さんはまた鼻で笑い、「まァ落ち着け」と言った。

「お前が出た電話、近藤さんが話してたか?」
「へ…?い、いえ、違います。」
「やっぱりな。」

土方さんは信号待ちで煙草に火を点けた。

すまいるは、すぐそこだ。

「紅涙を迎えにやったことがねェから知らねーだろうが、」
「はい、」
「今まで"すまいる"に行った近藤さんから連絡があったことは一度たりともねェ。たとえ死にそうになっててもな。」

え…、

「えぇぇぇぇ?!」
「すまいるには惚れた女がいる。ぼったくられようが殴られようが、近藤さんにとっちゃ楽しいお遊びなんだとよ。」
「す、すごい…。」

そこまでお妙さんのこと、
好きなんですね…。

と言うことは、
そうとは知らない坂田氏が電話くれただけってことか…。

「なんだ…、じゃぁ行かなくても」
「いや、一度シメてやらなきゃなんねェ。」
「…?」

土方さんは車を店の前に横付けした。

「え、近藤さんをですか?」

そりゃ行き過ぎな感じはするけど、シメるのは可哀想だなぁ。

なんて思ってると、
土方さんは「違う」と顔を振った。

そして咥えていた煙草を、
車の中の灰皿に押し付けながら、こちらを見た。

「お前に来いって言ったの、万事屋だろ?」

スゴい、
何で分かったんだろう。

私は「はい」と返事をした。

「な、何で分かったんですか?!」
「こんな汚ねェ手を使うのは、アイツしか居ねェよ。」

そう言うと、
土方さんは車を降りた。

それを見て私も降り、
すまいるへ入る土方さんに続く。

赤い絨毯で、少しだけ薄暗い店内。

入るや否や、
土方さんの脇に数名のお嬢がついた。

さすが…、
みんな可愛い…。

「やだぁ今日は土方さんも来てくれたんですかぁ?」
「違ェよ。」
「えー?でも近藤さんはまだまだ元気みたいですけどぉ?」

お嬢に言われて、店の奥に目をやる。

そこには、
僅かに顔を腫らした近藤さんが、まだまだ元気にアピールしている姿があった。


ほんと、
電話の時が嘘みたい…。

「見ろ、紅涙。近藤さんは問題ねェだろ?」
「本当ですね…、すみません。」

これからはもっと冷静に状況判断しないといけないなぁ。

ぺこりと頭を下げれば、
土方さんの脇にいたお嬢が「そうだ!」と言った。

「近藤さん帰るまで、時間潰していきませんかぁ?」

こちらを全く眼中に入れない彼女に苛立ち出した私は、気を紛らわすために周りを見渡した。

お客さんがいつもより何倍も多い。

そっか、
飲み放題だとか言ってたしね。

「お妙さんも忙しそうだなぁ…。」

ひとり感心していた時、
トンと背中に誰かぶつかった。

「あ、すみませ」

振り返ろうとしたら、
後ろから抱きつくように手を回される。

えっ、やだ酔っ払い?!
っと言うか、
隊服の私に絡むって相当?!

振り払おうとしたら、
耳の側で「遅ェよ」と声がした。

こ、
この声…、

「紅涙ちゃん見ーつけた。」
「坂田氏?!」


顔を向ければ、
近距離で坂田氏が「ピンポーン」と笑う。

「ちょっ、酔ってます?!離れてくださいよ!」
「紅涙ちゃんが遅いから悪ィんだろー?」
「はい?!も、ほんと酔っ払いは離れてくださいってば。」

拘束する腕を掴めば、
ギュギュっと力を強めてくる。

その上、
「んん…」とか悩ましく言いながら、顔を肩に埋めてくる始末。

「こらっ、坂田氏!」

せめて頭だけでも引き離そうと、
ふわふわ天然パーマを押した時、

---バシャッ

「っ冷てェェェ!!!」

さ、坂田氏の頭上から水が。
それも氷まで落ちてきた。

「だ、大丈夫…ですか…?」

呆気に取られる私。
バタバタする坂田氏。

その後ろで、

「てめぇは猥褻行為でしょっぴかれてェのか?」

土方さんがグラスを傾けていた。


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