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秒針


「急に消えたり…しねェよな…?」

私の腕を掴んだ土方様に、
一度閉じた口をゆっくりと開く。

「…私、は…」

私がこのまま生活していれば、

いつか、
消えるのかもしれない。

黙って、
何も分からないまま、

消えてしまうのかもしれない。

「またあの時みてェに…、俺に黙って…消えるのか?」

繰り返す。

私はまた、
あの時のように。

「なァ紅涙…、」

そう、だよね。

「…、土方様、」

そう…ならないために、

やっぱり、
言わなきゃならないんだよ。

「私は、…消えませんよ。」

ちゃんと、

「…私は…、」

お別れを、言わなければ。


「私は…、…還るんです。」


元の形に。

妖刀としての時間よりも、
こうしてあなたと出逢うよりも前の形に。

「紅涙…?」
「土方様のお陰で、こうして還ることが出来るようになりました。」

土方様は眉間に皺を寄せた。

濡れた髪が、
彼をより黒く見せる。

「浄化、出来るんです。」
「"浄化"…?」

私はそれにやんわりと笑んで頷いた。

「刀に籠った念が、幸せになることですよ。」

その言葉に納得できないようで、また不深く皺を寄せる。

「本当なら妖刀で、あんな使われ方をした私は浄化なんて出来ません。」

そう。

「だけど私は、こうして土方様に出逢って…、」

大切に、
扱ってもらって、

「今まで私の中に積もった邪念や怨念が、」

愛おしさを、
教えてくれて、

「全部、…救われた。闇に堕ちる必要がなくなったんです。」

私を、綺麗にしてくれた。


「あなたのお陰で、私は浄化できるんです。」


ありがとう…、
土方さま。

それだけしか、
あなたに言える言葉がないほど、感謝してる。

今ではもう、
ただ刀の姿で過ごしていた日々を考えられない。

この上ない時間を、
あなたは私にくれたんです。

だから今度は、


「幸せに、なるために…還るんです。」


あなたが、
幸せな時間を手にいれてほしい。

刀なんかに縛られず、
まだまだ先のある永い時間を。

「今まで…ありがとうございました、」

二人では歩めない、
また違う、あなたの幸せを。

一度消えた時の中で、

『俺の最期には、お前も一緒に連れて行くからよ。』

あなたが言ってくれた言葉。

もうそんなこと、
土方様は覚えていないかもしれないけど。


「…あなたの最期まで…、」


嬉しかった。

だけど、


「役に、…立てなかった村麻紗を…お許しください。」


私は刀としても、
こうして存在するモノになったとしても。

何もかもが中途半端で。
ここから、
…還らなければならない。

「…、なんだよ…それ。」

土方様が、低く声を響かせる。

「還るとか…、いきなり何だよ。」

そうですね、
とても…急です。

「…なんで、…ンな急に…、」

考えながら話す土方様に、
私は何も言わず、やんわりと笑って返した。

還りたくないなんて、もう言えない。
離れたくないなんて、もう言えない。

だって、
私がこれ以上ここにいれば、

あなたの傍にいれば、

それこそ妖刀らしく、
あなたを殺してしまうことになる。

「…ちゃんと…、言えてよかったです。」

私の声に、
土方様の眉間がぐっと寄る。

睨みつけるようにして、

「お前の幸せって…何だよ。」

私に言った。
怒鳴ってしまいそうな形相なのに、

「浄化して、俺の前からいなくなることが、…幸せなのか?」

その声は嘆くよう。

「そんな顔して言うことが、…幸せなのかよ!」

そういう言い方をするのは、ずるい。

土方様は、
分かってて言ってる。

私が想っていることを分かってて、そういう言い方をする。

「…それなら、幸せなんて思うな。」
「土方様…?」
「今に、満足なんかするな。」

足掻けば足掻くほど、

「もっと、望めよ。」
「土方さま…、」

どうしようもないということを見るようで。

「俺みてェに…っもっと望めよ!」

望んでる。
いっぱい、望んでるよ。

「邪念でも、何でもいいから!」

口にすることを、
やめてしまっただけ。


「幸せなんて、っ思うなよっ、」


仕方ないの、土方さま。

私がいなくならないと、
土方様はこのまま弱っていく。

「また…、いつか…」

いつか、なんて。
なんと適当な言葉なんだろう。

「浄化すれば…、またいつか逢えるかもしれません。」
「ンなの、分かんねェだろ?!」

その場凌ぎの言葉。
呆気なく、撥ね退けられる。

転生なんて、実在するかも分からない。

「でも、…、」

何か言わなきゃいけないのに、言葉にならない。

今を望めないから、
せめて希望を口にしたいのに。

「いつになるか、っ分かんねェだろ!」

今を、考えてしまう。

もし転生したとしても、

きっと…、
ずっと、ずっと先の話。

今の土方様じゃなく、
今の私じゃなく、

何も知らない私たちが出逢って。

「…っ、…、」
「それに…っ、」

極普通に、
一緒になったとしても、


「待てるわけ…っねェだろーが…っ、」


今の私たちは、
あまりにも残酷な話だ。

「土方さま…っ…、」

私には、
土方様が必要で。

「…帰んなよ…っ。」

土方様には、私が必要で。

いつの間にか、
こんなにも互いに依存して。


「俺を…っ残して行くなっ…、」


依存し過ぎて、
あったはずの虚勢すらも忘れて。

真実すらも、
見なくなってしまった。

「お前が、…っ必要なんだ!」


黒く、
深い眼の奥に、私が映る。

揺らいで、
不安定に映っていた。

「っ土方さま…、」

手を伸ばされる手。

「だから紅涙…、」

それに触れようとした時、

「…っ!…ゴホっ」

ゆっくりと、
土方様が畳に倒れた。

「…土方様…?」

何度か咳をして、
背中を丸めるように身体を曲げる。

「土方様?!大丈夫ですか?!」

擦るように背中を撫でる。
私と視線を合わすことも出来ない。

「ゲホッ…、ぅぐ、」

その額に、汗が滲み出ていた。

「人をっ、人を呼んできます!」

駆け出した廊下。


嗚呼。

時間は、
もう、無いんだ。


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