11
秒針
「急に消えたり…しねェよな…?」
私の腕を掴んだ土方様に、
一度閉じた口をゆっくりと開く。
「…私、は…」
私がこのまま生活していれば、
いつか、
消えるのかもしれない。
黙って、
何も分からないまま、
消えてしまうのかもしれない。
「またあの時みてェに…、俺に黙って…消えるのか?」
繰り返す。
私はまた、
あの時のように。
「なァ紅涙…、」
そう、だよね。
「…、土方様、」
そう…ならないために、
やっぱり、
言わなきゃならないんだよ。
「私は、…消えませんよ。」
ちゃんと、
「…私は…、」
お別れを、言わなければ。
「私は…、…還るんです。」
元の形に。
妖刀としての時間よりも、
こうしてあなたと出逢うよりも前の形に。
「紅涙…?」
「土方様のお陰で、こうして還ることが出来るようになりました。」
土方様は眉間に皺を寄せた。
濡れた髪が、
彼をより黒く見せる。
「浄化、出来るんです。」
「"浄化"…?」
私はそれにやんわりと笑んで頷いた。
「刀に籠った念が、幸せになることですよ。」
その言葉に納得できないようで、また不深く皺を寄せる。
「本当なら妖刀で、あんな使われ方をした私は浄化なんて出来ません。」
そう。
「だけど私は、こうして土方様に出逢って…、」
大切に、
扱ってもらって、
「今まで私の中に積もった邪念や怨念が、」
愛おしさを、
教えてくれて、
「全部、…救われた。闇に堕ちる必要がなくなったんです。」
私を、綺麗にしてくれた。
「あなたのお陰で、私は浄化できるんです。」
ありがとう…、
土方さま。
それだけしか、
あなたに言える言葉がないほど、感謝してる。
今ではもう、
ただ刀の姿で過ごしていた日々を考えられない。
この上ない時間を、
あなたは私にくれたんです。
だから今度は、
「幸せに、なるために…還るんです。」
あなたが、
幸せな時間を手にいれてほしい。
刀なんかに縛られず、
まだまだ先のある永い時間を。
「今まで…ありがとうございました、」
二人では歩めない、
また違う、あなたの幸せを。
一度消えた時の中で、
『俺の最期には、お前も一緒に連れて行くからよ。』
あなたが言ってくれた言葉。
もうそんなこと、
土方様は覚えていないかもしれないけど。
「…あなたの最期まで…、」
嬉しかった。
だけど、
「役に、…立てなかった村麻紗を…お許しください。」
私は刀としても、
こうして存在するモノになったとしても。
何もかもが中途半端で。
ここから、
…還らなければならない。
「…、なんだよ…それ。」
土方様が、低く声を響かせる。
「還るとか…、いきなり何だよ。」
そうですね、
とても…急です。
「…なんで、…ンな急に…、」
考えながら話す土方様に、
私は何も言わず、やんわりと笑って返した。
還りたくないなんて、もう言えない。
離れたくないなんて、もう言えない。
だって、
私がこれ以上ここにいれば、
あなたの傍にいれば、
それこそ妖刀らしく、
あなたを殺してしまうことになる。
「…ちゃんと…、言えてよかったです。」
私の声に、
土方様の眉間がぐっと寄る。
睨みつけるようにして、
「お前の幸せって…何だよ。」
私に言った。
怒鳴ってしまいそうな形相なのに、
「浄化して、俺の前からいなくなることが、…幸せなのか?」
その声は嘆くよう。
「そんな顔して言うことが、…幸せなのかよ!」
そういう言い方をするのは、ずるい。
土方様は、
分かってて言ってる。
私が想っていることを分かってて、そういう言い方をする。
「…それなら、幸せなんて思うな。」
「土方様…?」
「今に、満足なんかするな。」
足掻けば足掻くほど、
「もっと、望めよ。」
「土方さま…、」
どうしようもないということを見るようで。
「俺みてェに…っもっと望めよ!」
望んでる。
いっぱい、望んでるよ。
「邪念でも、何でもいいから!」
口にすることを、
やめてしまっただけ。
「幸せなんて、っ思うなよっ、」
仕方ないの、土方さま。
私がいなくならないと、
土方様はこのまま弱っていく。
「また…、いつか…」
いつか、なんて。
なんと適当な言葉なんだろう。
「浄化すれば…、またいつか逢えるかもしれません。」
「ンなの、分かんねェだろ?!」
その場凌ぎの言葉。
呆気なく、撥ね退けられる。
転生なんて、実在するかも分からない。
「でも、…、」
何か言わなきゃいけないのに、言葉にならない。
今を望めないから、
せめて希望を口にしたいのに。
「いつになるか、っ分かんねェだろ!」
今を、考えてしまう。
もし転生したとしても、
きっと…、
ずっと、ずっと先の話。
今の土方様じゃなく、
今の私じゃなく、
何も知らない私たちが出逢って。
「…っ、…、」
「それに…っ、」
極普通に、
一緒になったとしても、
「待てるわけ…っねェだろーが…っ、」
今の私たちは、
あまりにも残酷な話だ。
「土方さま…っ…、」
私には、
土方様が必要で。
「…帰んなよ…っ。」
土方様には、私が必要で。
いつの間にか、
こんなにも互いに依存して。
「俺を…っ残して行くなっ…、」
依存し過ぎて、
あったはずの虚勢すらも忘れて。
真実すらも、
見なくなってしまった。
「お前が、…っ必要なんだ!」
黒く、
深い眼の奥に、私が映る。
揺らいで、
不安定に映っていた。
「っ土方さま…、」
手を伸ばされる手。
「だから紅涙…、」
それに触れようとした時、
「…っ!…ゴホっ」
ゆっくりと、
土方様が畳に倒れた。
「…土方様…?」
何度か咳をして、
背中を丸めるように身体を曲げる。
「土方様?!大丈夫ですか?!」
擦るように背中を撫でる。
私と視線を合わすことも出来ない。
「ゲホッ…、ぅぐ、」
その額に、汗が滲み出ていた。
「人をっ、人を呼んできます!」
駆け出した廊下。
嗚呼。
時間は、
もう、無いんだ。
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