12


別れ道


陽のある廊下を走る。
それは初めてのこと。

「はあ、はあっ」

廊下で隊士に会う。
それも初めてのこと。

「…ちょっと待ちなせェ。」
"客にしては粗相がねェや"

腕を掴まれる。
ああこの人は、総悟さん。

「総悟さん!土方様が大変なんです!」
「土方"様"?」

総悟さんは私に怪訝な顔をしている。

「早く副長室に行ってください!」
"近藤さんを呼んできますから!"

掴まれていた腕を振り払い、私はまた走った。

屯所内は、
刀のままではあったが、何度か土方様と歩いたから把握出来ている。

「近藤さん!」

局長室を勢いよく開けた。
中にいた近藤さんは「ぶふっ」と持っていたお茶を吐く。

「きっ君は?!」
"もしかして求愛?!"

口元を拭きながら、僅かに頬を赤らめる。

「いやいやすまないね。急に障子を開けるもんだから。」
"で?それは結婚前提な感じでいいのかな?"

姿勢を正して「さぁここに」と座るように促される。

私はそれに顔を振って、

「土方様が大変なんです!」
"助けて!"

副長室の方を指さして言う。
その声に首を傾げる。

「トシが?」
「咳き込んで倒れちゃって…早く来てください!」
「…いやその前に君は一体…、」

私は「そんなこといいですから!」と言う。

だけどそれに、
近藤さんは「いや」と顔を振る。

「もしかすると君は侵入者かもしれないだろう?」

目つきが変わる。

「部屋を空けた隙に、何か企んでいるのかもしれない。」

当然のことを言われる。
それでも私はこの時間すらも惜しい。

「それで、君は?」
「っ、紅涙です!近藤さん、早く!」
「"紅涙"…。どこかで聞いたような…。」
「近藤さん!!」

待てなくなった私が、近藤さんの腕を引っ張る。

ようやく重い腰が上がり、
私は近藤さんと一緒に土方様の元へ戻った。


部屋には他の隊士も集まり始めていた。

「土方様っ!!」

まだ背を丸めたままの背中に駆け寄る。

その側で、
総悟さんが険しい顔をして近藤さんを見上げた。

「近藤さん、こりゃ本格的にやべェですぜ。」
"救急車は呼んどきやした"

どうしよう、

「トシ!しっかりしろ!」

「山崎、あの刀を探せ。」
「え?そんなのどうするんですか沖田隊長。」
「いいから探せ!近くにあるはずだ!」
「はっはひ!」

どうすればこの人を助けられる?

『浄化せよ、村麻紗。』

目の前に、
分かれ道が見えた。

『共に消え、同じ場所へ行けると思うな。』

頭に響く声は、幻聴なのかも分からない。

『心を決めよ、村麻紗。』

迷うことなんて、できない。

…分かった。

分かったから、
この人を、助けて。

そして願わくば、
もう一度だけ、話させて。

「おかしいな…。妖刀がない…?」
「ンなこと有り得ねェ。土方さんは肌身離さずだったんですからねィ。」

ちゃんと、
あの人と別れたいの。

嘘でもいいから、
「また逢おう」って言いたい。

こんな形で離れるのは、嫌だよっ…。

『承知した。』

その声は、

「あ。来ましたよ、救急車。」

山崎さんの声を切欠に消えた。

「患者はどちらに?」
「ここでさァ、お願いします。」
「俺が付き添う。総悟も後で来い。」

担架に続くように、近藤さんが歩いて行く。

「待って!私も一緒にっ」

駆け出した私の腕を、痛いほど掴まれた。
振り向けば総悟さんと目が合う。

「待つのはアンタでさァ。」
「っ、お願い総悟さん!私も土方様の傍に」
「それは出来やせん。」

総悟さんの隣には山崎さんが立っている。

二人して私を怪しむように見る。
そうこうしている間に、救急車の音は遠くなっていった。

「今のところ、アンタは容疑者ですからねィ。」

総悟さんは「確かに、」と続ける。

「確かに土方さんの体調は悪かった。」
「…。」
「だがそれだけが原因でこうなったとは未だ言えやせん。」

淡々と話す総悟さんの周りで、
物珍しそうに私を見ていた隊士が山崎さんによって部屋へ帰されていく。

「…そう、ですね。」
"この状況じゃ仕方ありません"

私はゆっくりと頷いた。
土方さんを失くしてしまうかもしれないと、

今まで震えていた手は、
どこか覚めていく頭のせいで治まっていた。

だってそうだ。

「…妖刀のことで…お話したいことがあります。」
"信じてもらえるか分かりませんが"

私が還るなら、
もうあの人は苦しめられないはず。

すぐには良くならなくても、きっと元に戻れるはず。

「…とりあえず聞いてやりまさァ。」

総悟さんはその場に座る。
それを見て、山崎さんが「あの」と言った。

「俺がやっときましょうか?隊長は病院に…」
「いや、俺が聞く。」
「でも局長が」
「なら山崎が行け。」

ギロリと睨まれた山崎さんは声を詰まらせる。
総悟さんは「よく分かんねェけど、」と言った。


「コイツの話、聞かなきゃならねェ気がするんでさァ。」


それは、
土方様を慕う気持ちからなのか。

それとも、
以前の縁をどこかで覚えているせいなのか。

「だから山崎が行け。」

きっと前者の方だろうけど、
私は「ありがとう」と総悟さんに言った。

「礼を言われる意味が分かりやせんねィ。」
「ふふ、そうですね。」

山崎さんは「じゃあ行ってきます」と部屋を出て行った。

閉じられた障子。
廊下に聞き耳を立てている者もいない。

シンと静まった空気に「私は、」と出した声が響いた。


「私は、妖刀の村麻紗です。」


さあ、

絡ませてしまった糸を解く時間。


- 12 -

*前次#