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真実の口


私の話を聞く総悟さんは、
より怪しむ顔を濃くするばかりだった。

仕組みは分からないけど、
刀だった私が人の姿になっていたこと。

ずっと隠して、
この部屋で居たこと。

私を想ってくれるほど、
あの人の体調を悪くさせ、短命にさせること。

「それはアンタが妖刀だから…って?」
「そうです。」

腑に落ちないのは当然。
信じられないのも当然。

百聞は一見に如かず。

「刀に、なりましょうか。」
「…そりゃー分かりやすい。なれるんならねィ。」

土方様以外の前で、身体を変えたことがない。

何より、
私だけの思いで出来るのかも怪しい。

「なれます、…たぶん。」

刀姿を見せるしかない。

どうせ還るんだ。
たとえなれなくても、問題ないか。

変な女が屯所内に居た程度。
土方様に影響はない。

そう思うと、
身体の力が抜けていった。

「…こりゃ驚きやした。」

そう言う総悟さんの眼が丸くなっている。
どうやら刀になれたようだ。

「信じてもらえましたか?」
「そう、ですねィ。信じるしかねェや。」

総悟さんは「頭の中に声がしまさァ」と不思議そうに言った。

「今の私は刀ですから。思いとしてしか伝わらないようです。」

その答えに「ふうん」と返事をして、
総悟さんは「人の姿の方がいい」と言った。

「傍からみりゃァ一人で話してるみてェですからねィ。」

それもそうですね。
私は笑った後、人の姿になった。

「…不思議でさァ。あの村麻紗がねィ…。」
「私も不思議です。」
"自分のことながら"

沖田さんは自分の刀を見る。

「俺の刀もなりやすかィ?」
"擬人化"

今度は私が目を丸くした。
小さく笑って「彼次第ですね」と、いつかと同じ返事をした。

「彼…。これ…"彼"なんですかィ。」
"つまんねーの"

本当につまらなさそうにして、刀から眼を放した。

「まァ結果として。」
「はい。」
「アンタのせいで土方さんはあーなった。」
「そう、…ですね。」
「だが事件性はない。ってことで釈放でさァ。」

総悟さんは刀を持って、立ち上がる。

「俺は今から病院に行きやす。」

廊下の手前で、こちらに振り返る。

「行きやすかィ?土方さんのところに。」
「いっいいんですか?!」

私はすぐに立ち上がった。

「近藤さんには時を見て話しまさァ。山崎はどーでもいい。」

それだけ言うと、
「行きやすぜ」と背中を向けて歩いて行った。

私は「はい!」と、
土方様よりも小さいその背中についていった。


病院に着いて、
受付のところで見慣れた隊服が二人。

「おう、総悟。…と、あれ?」
「沖田隊長?!どうして連れて来ちゃってんですか!」

私を見た二人に、
総悟さんは「それは後」とあしらった。

「それで土方さんは?」
「ああ。問題ない。」
「今は病室で眠ってますよ。」

「良かった」と声を漏らせば、
近藤さんが「君のお陰だ」と笑った。

「あと少し遅ければ命にかかわったが、幸いにも早かったお陰でな。」

それに続いて、
山崎さんが「そうですね」と頷く。

「だけど不法侵入ですよね。」
"…まさか副長のストーカー?"

総悟さんの隣で立っている私を、興味深そうに山崎さんが見る。

「その辺はどうなんだ?君はどうしてあの場に…、」

どう話そう。
嘘をついても面倒になる。
本当のことを言っても、ややこしくなる。

「どうもこうもありやせんよ。」

そんな風に考えている私とは違い、
総悟さんは顔色一つ変えずに「迷子でさァ」と言った。

「ま、迷子?屯所内でか?」
「何でも、女中の面接部屋が分からずに彷徨ってたらしいですぜ。」

じょちゅう…?
あ。
お手伝いしてくれる人だ。

「面接なんてあったか?」
「らしいですぜ。まァそっちのことは女中頭に任せっきりですからねィ。」

総悟さんが私を見て「な?」と言う。
私はそれに「はい」と冷静を装ったつもりで頷く。

すると近藤さんは「そうかそうか!」と笑った。

「それは怪しんだりしてすまなかったなあ。」
「い、いえ。」
「えーっと…名前は…」
「村…、…紅涙、です。」
「おお、そうだった。紅涙君、面接は俺からも言っておくよ。」

その返事に、
私は「ありがとうございます」とぎこちなく笑んだ。

「じゃあ俺は手続きしてくるから。」
"トシの部屋に顔出してやってってくれ"

そう言うと、
近藤さんはカウンターの方へと歩いて行く。

「俺達も行きやすか。」

総悟さんが私を見て「土方さんの部屋」と言った。

「…はい。」

その眼に、小さく頷く。

「え、ちょっと沖田隊長?!関係ないその子もですか?!」
「野郎の恩人だろーが。関係はありまさァ。」
「で…ですが…、」

山崎さんは、私を見る。
それを遮るように、総悟さんが溜め息をついた。

「紅涙はどうしたいんでさァ。」
"帰りたいなら山崎にでも送らせる"

私はすぐに顔を横に振った。

「行きたい、です。」

総悟さんは頷き、山崎さんを見る。

「まだ文句あるってんなら聞いてやりまさァ。」
"あとで、ゆっくりとな"

その言葉に、
山崎さんは一瞬で顔色を青くした。

顔と手を忙しなく動かして、「どうぞどうぞ」と言った。

「行きやすぜ。」
「…はい。」

土方様が無事なのは分かってる。

だけど、
痛々しい彼の姿を見るのは辛い。

私の時間を…、
"紅涙"の時間を、

早く手放さなければいけないと突き付けられる。

病室までの道のりは、
今まで感じたこともないほど重い足だった。


---コンコン

「副長ー、入りますよー。」

山崎さんが声を掛けて入る。
それに続いて総悟さんが入り、私は一番最後に入った。

「…なんでィ。起きてねーじゃねェですかィ。」

その声に、
私は寝ているであろうベッドへ眼を向ける。

硬そうな白いシーツ。
同じだけ白い掛け布団。

真っ白な中に、
黒い髪を散らばせて、

「…っ…、」

静かに、眠っている。
口元に何かをつけた土方様がいた。

「酸素マスクなんて付けやがって…。」
"病人気取りもいいとこでさァ"

総悟さんが土方様の顔を覗く。

「おまけに顔も青白いったらねーや。」
"気持ち悪ィ"

そんな邪険な言葉と、表情が一致しない。

それは山崎さんも気付いているようで、総悟さんを見て苦笑していた。

「酸素は起きるまででいいみたいですが、点滴はしばらく続くみたいですよ。」

山崎さんの声に、
総悟さんは「ふーん」と返事をする。

私はその側で、何も出来ずにただ立っていた。

近寄ることも、
声を掛けることも。

罪悪感が、想像以上に押し寄せていた。

「医者も呆れてましたよ、酷い有様だって。」

夢の中で刀と話した時のように、

私の目に映る土方様は、
傍で見上げていた綺麗なあの人ではなくて。

「やっぱアレが関係あるんですかねェ…。」
"時期的なものも考えると"

この姿が、
本当の姿。

「異常でしたしね、あの刀への執着。」
「…妖刀…ねィ…。」

総悟さんが、ちらりと私を見る。
私はその眼に何も返さなかった。

土方さんの顔を覗き込んだ山崎さんが、

「隠してでも早めに処分した方がよさそうですね、あの妖刀。」

溜め息をついて言った。

総悟さんは、
何も言わなかった。


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