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曇天模様


病室から出て、
乗ってきた車で屯所へ戻る。

山崎さんは近藤さんを待っていると言って別れた。

動力の音しか聞こえない車内。

後部座席で、
隣に座る総悟さんがポツリと言った。

「良かったんですかィ?」
"野郎の顔、ちゃんと見なくて"

結局、
あの病室で、私の足は動かなかった。

「…、私…は、」

近づけず、
まともに顔も見れず、
声も掛けずにそのまま後にした。

「…見れ…なかった。」

お前のせいだ、と声が響くから。

「あんな…土方様を、…見たことが、なくて…。」

何度も、
私は人を殺めてきたのに。

私の刃で、
たくさんの人を殺めてきたのに。

「私のせいで…、こんなことになってしまった…。」

私のせいで、土方様が崩れていく。

「…恐い…っ。」

誰かを傷つけてしまうことが恐い。
誰かを失ってしまうことが恐い。

今までの自分が…、
血を吸ったこの身体が恐い。

私が、恐い。

「…それでも、」

静かな車内に、
総悟さんの決して大きくない声が響く。


「それでも、野郎は生きてる。」


…そう、だ。

生きてる。
それで、いい。

それで、いいんだ。

「誰のせいとかそういう話は必要ありやせん。」
"こうなった今は、何を言っても遅い"

総悟さんは疲れた様子で、背凭れに首を預ける。

「これからどうするか、が今は必要でさァ。」

"これから"。
頭に繰り返した時、屯所に着いた。

車を出て、
部屋へ戻ろうとした総悟さんを呼び止めた。

「お願いが、あります。」

無意識に、握り締めていた拳。
総悟さんはそれを見て「聞きやしょう」と部屋へ呼んでくれた。

そのまま、
静かに向かい合って座る。

「…、総悟さん、」

自分を落ち着けるよう目を瞑っても、

病室の、
あの土方様の姿が目に浮かぶ。

「私を…、」

痛んだ胸は、
一度、口を閉じて誤魔化した。


「私を鍛冶屋に…持っていってもらえませんか…?」


総悟さんの顔色は変わらなかった。

「鍛冶屋に…?」
「はい。私を…、妖刀 村麻紗を折って頂きたいんです。」

少し前の理想は、
土方様の手で鍛冶屋に持っていってもらうことだった。

そこで離れた方が、
私にとっても土方様にとっても、
ちゃんと受け入れることが出来る気がしたから。

一番、
いい別れ方だと思っていたから。

だけど断られた時に思った。

そんな理想は、
理想でしかない。

「それは、…処分してくれってことですかィ?」
「…はい。」

私の頷きを、総悟さんの眼が追いかける。

「処分したらアンタは?」
"アンタはどうなるんですかィ"

その返答は、
私にとって辛く苦しいものなのに、


「…消えます。」


弱く、微笑んで言っていた。


「刀は私。刀が折れ、処分されれば当然この姿も消えます。」


"消える"
その言葉を避けていただけに、
こうして口にすることに違和感があった。

消える、じゃない。
還るのよ。

だけどそんなこと、
消えるということと何も変わらない。

「それでいいんですかィ?」

総悟さんは「実際のところ、」と続ける。

「妖刀が原因だとは断定できてねェ。…いや、出来やしねェ。」

"そんな目に見えないこと、確証が得られるとは思えない"

総悟さんは私を見る。
私はそれに顔を振った。

「私が、原因なんです。」
"そう、聞いています"

俯けば、
着物を握りしめている自分の手が見えた。

ああ、
せっかく土方様に買ってもらった着物。

皺が寄ってしまう。
傷が、出来てしまう。

「"聞いてる"って誰にですかィ?」
「私よりも古い、土方様の刀だった者達です。」

その返答をしながら、苦笑した。

総悟さんは「"土方さんの刀だった者達"…?」と首を傾げた。

「私の先輩のようなものです。」
「…へぇ。」

腑に落ちない顔は、
私が刀だと告白した時に似ている。

「総悟さん、お願いします。」
"どうか、私を鍛冶屋へ持って行ってください"

頭を下げる。
静かな部屋に溜め息が聞こえた。

「…分かりやした。」

その声に顔を上げる。
だけどすぐに「質問」と言われる。
私は「はい」と頷いた。

「紅涙が原因だということを土方さんは?」
「話しました。…だけど納得をしてくれているかは…。」

総悟さんは「だろうねィ」と頷く。

「その時に、土方様に処分してくれと言って断られました。」
「あれだけ心酔してやしたから、その返答は想像できまさァよ。」

鼻で笑って、
総悟さんは「なるほど」と言った。

「それで、野郎に黙って処分…ってわけですかィ。」

静かに「はい」と頷く。
「賢明な判断でさァ」と言われ、「だけど」と苦笑された。

「随分と勇ましい話ですねィ。」
"野郎の片想いだったようにすら見える"

私はそれに何も返さなかった。
ただ僅かに口角を上げて見せた。

そう見えているなら上出来だ、と自分に言い聞かせた。

「いつがいいですかィ?」
「…いつでも。」
"早い方が…いいです"

畳を見た時、「別れは?」と声が掛かる。

「別れはしに行かねェんですかィ?」

私はその言葉に、
やっぱり弱く微笑んで、

「充分、泣きましたから。」
"私も、きっとあの人も"

そう言った。
総悟さんは私の顔を見て、

「…分かりやした。」

初めて、
目を逸らした。


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