16


夢の果て


日が暮れるのは、思いのほか早くて。

「…行きやすか。」

夜は、
あっという間に来た。

障子を開けた総悟さんは、静かに私を見る。

他の部屋からは、
隊士の笑い声や、話し声が漏れている。

そんな普通の日に、

「お願いします。」

彼一人を巻き込んでしまっている。

私が消えれば、
この記憶もなくなるのだろうけど、

「…ごめんなさい、総悟さん。」

やっぱり、申し訳ない思いになる。

「総悟さんがいて、…良かった。」

あなたがいなければ、
私たちはもっと酷い形になっていたかもしれない。

畳へと眼を伏せた私に「やめなせェ」と声が掛かる。

「謝るんなら連れて行きやせんぜ。」

ほんの僅かな棘。
大部分の優しさ。

「じゃあ、"ありがとう"。総悟さん。」

笑って私が言えば、
総悟さんは「仕方ねェな」と頭を掻いた。

大丈夫。
きっと、土方様は大丈夫。

こんなに素敵な仲間。
こんなに素敵な環境。

私なんかが心配しなくても、彼らしく生きていける。

だから、
私も、きっと大丈夫。

「…お願いします。」

すっと刀の姿に戻る。
総悟さんは優しく私を持った。

「鍛冶屋で、いいんですかィ?」
「はい。」
「…寄り道、出来やすぜ。」
「…、」

逢っていかないのか、と。

「…。」

逢って行くべきではないのか、と。

「…いいえ、」

逢うべきでは…ありません。

「このまま、鍛冶屋に…お願いします。」

もう、逢わない方がいい。

今でこれだけ揺れ動くのだ。
逢ってしまえばどうなるのかは容易に想像がつく。

「…分かりやした。」

総悟さんは私を握り、部屋を出た。


その道すがら、
屯所の中で山崎さんとすれ違った。

「あれ?どこ行くんですか、沖田隊長。」
「鍛冶屋。」
「刃、やっちゃったんですか?珍しいですねー。」

まだ話しているのに、
総悟さんはすっと山崎さんの横を通り過ぎる。

あまり良い機嫌ではないと察したようで、
後ろから、山崎さんが「お気をつけて」と静かに声を掛けていた。


鍛冶屋までは、そう遠くない。

夜風に触れて、
総悟さんの指先はすぐに冷たくなった。

内側から朱色の光を漏らす、その場所。

「…懐かしい。」

私が呟けば、総悟さんが「あーそうか」と言った。

「ここは、野郎と出逢った場所でしたねィ。」

そう。
私と土方様は、ここで出逢った。

壁に掛けられていた私を、土方様が手に取って。

思い返せば、
色んな時間を思い出せるのに、

「楽しかった…、今日まで。」

振り返ると、
なんと短いんだろう。

「ここに来て、良かった…。」

始まりも、終わりも。
土方さまの傍で、良かった。


「…入りやすぜ。」

総悟さんは小さくそう言って、「オヤジー」と声を掛けながら開けた。

金属音が止まって、
朱色に燃える窯の前で振り返る。

「おう、ちょっと待っとけ。」
「へーい。」

私がいた時から少しも変わらない鍛冶師は、叩いて刃を冷やす。

ふぅと息を吐き、「それで?」と総悟さんに言った。

「これ、覚えてやすかィ?」
「これはっ…、村麻紗じゃねーか!」

総悟さんの手から鍛冶師の手へと移る。

「確か副長さんに売ったはずだ。」

すすっと鞘から出して、刃を見た。

「こりゃまた随分と使い込んじまって。」

呆れのような溜め息を見せた。
そして「こりゃ駄目だ」と言った。

「さすがにここまで使っちまうと、もう俺にも直せねェな。」

また鞘へ戻して、総悟さんの方へ差し出す。
総悟さんはそれを手にせず、「直しに来たんじゃねーよ」と言った。

「折ってほしい。」

その言葉に、
鍛冶師はほんの一瞬黙って「そうか」と返事をした。

「だがこれは副長さんのだろ?」
"勝手にやっちまうのはさすがに…"

総悟さんは「いや」と首を振る。


「野郎はそれをもう使ってねェ。」
"ただ斬れねェ刀を傍に置いてるだけ"

そう言う総悟さんに、鍛冶師は唸る。

「確かに、よくねェ傾向だな。」
"憑かれちまってるヤツによく居る"

二人の会話を、私はただ静かに聞く。

目の先に見える窯の中で燃える火。
時折、朱色の粉が音を立てて舞う。

私を呼んでいるように見える。

「それでオヤジ。折ってくれんの?」
「ああ。それが副長さんのためになるだろ。」
"だが後で文句言われんのはご免だ"

その言葉に、
総悟さんは「上手くやっとく」と返す。

「じゃあ、ま。これは預かっとくよ。」

そのまま奥に仕舞いこんでしまいそうな言葉に、総悟さんが「今、」と言った。

「今から、折ってくれ。」

鍛冶師は「何だって?!」と驚く。

「いくらなんでも今日は」
「早い方がいいんでさァ。野郎にとっても、…アイツにとっても。」

総悟さん…。

「…ヤバイことになってんのか?」
「まァね。」
「そうか…、全く。…だからあの時やめとけって言ったのになァ。」
"人の話を聞かねェから罰が当たったんだな"

鍛冶師は苦笑して、
窯の方へ私を持って行く。

溶かす必要なんてない私は、あの朱色と混じり合うことはない。

窯の傍の、固く冷たい台。
鞘から抜いた刃を、その上に乗せた。

「見送ってくかい?」
「…そうしまさァ。」
"野郎の変わりに"

ああ、とうとう。
私は終わる。


「村麻紗も、幸せだったろーよ。」
"こんなになるまで、妖刀を愛してくれたんだ"


うん。
幸せだった。


「お疲れさん、村麻紗。」


鍛冶師が振り上げた、銀色の鉄鎚。
カンッと高い音を鳴らして、


「…おやすみ、紅涙。」


私の刃は、折れた。


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