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さざ波


風が、私の頬に当たる。
冷たくて、気持ちいい。

「紅涙、」
「はい…?」

透き通ったみたいな空気。

夜は、
大好き。

二人で歩けるから。

昔みたいじゃなく、

二人で。
"一人"として。

「戻ってもいいんだぞ?」

その声に目を向ければ、
黒い中に、
白い煙と土方様がある。

「"戻る"?」
「あぁ、歩いてんの辛ェだろ。」
"眠そうな顔してる"

土方様は小さく笑って、私の頭を軽く叩く。

確かに、眠い。

今日だけじゃない。
最近、ずっと。

今まで、
刀の私は疲れもないし、眠気だってなかったのに。

「…いやです。」

私は土方様に顔を振る。

「せめてあの角を曲がるまでは…、このままで歩きたいです。」

こんな風に言うと、
土方様はきっと苦しそうな顔をする。

私に、
"ごめんなさい"って顔をする。

「紅涙…、」

ほら、やっぱり。

私、
こんなにも分かるようになったよ。

腰にある時のように、
土方様の考えることが分かる。

だから私は、

「それにね…土方様、」

すぐに言葉を繋ぐ。

「私、眠いことが嬉しいんです。」

悲しまないで、土方様。

私は幸せ。
こうしているだけで、幸せだから。

へへと笑うと、
土方様は不思議そうな顔をした。

「私はお腹も減らないし、病気にもならない。」
「あぁ…、」
「疲れることもなくて、眠いこともなかったんです。」

自分の吐き出した煙を目で追い、
土方様は「…そうか」と静かに言った。

その顔は、
また苦しそうにしている。

私はそれに苦笑して、

「もう!土方様!」

足を止めて、
髪の掛かるその耳を引っ張った。

「ぃっ、何だよ急に!」

耳から手を放せば、土方様が自分の耳を押さえていた。

「びっくりするだろーが!」
「それはこっちのセリフです!」
「はァ?!」

私は「いいですか、」と人差し指を出した。

「今、私は嬉しいという話をしてるんです!」
「あ、あぁ。」
「それ!」

出していた人差し指を、土方様に向けた。

「嬉しい話の顔じゃないです!」
「…そんなことねーよ。」

土方様は煙草を消して、「俺はこんな顔だ」と言った。

「違います!」
「お前…俺のことを断言しやがって…。」
「私は土方様とどんな時も一緒に居たんですよ?よく知ってるんですから!」
「…。」

気まずそうに、目を背ける。

そんな時に、
向かいから二人の声が歩いてくる。

「っ、」

土方様の知り合いなら戻らなきゃ。
咄嗟に目と耳を凝らしたけど、

「いい、問題ない。」
"ただの通行人だ"

私よりも先に、土方様が確認した。
「それに」と続けて、

「職務中じゃねーんだし、俺が誰と居よォが構やしねーよ。」
"そんな神経質にならなくていい"

土方様は困ったように笑う。

その全てが、優しくて。

「…はい。」

私は、
そう返事をすることしか出来なかった。

そんな私たちと、
すれ違うようにして歩いて行った二人。

「あれ、恋人同士ですよね?」
「そうだろ、あれだけ引っ付いてりゃ。」

土方様は興味なさそうな返事をして、新しい煙草に火を点けた。

だけど私は興味があった。

「土方様、土方様。」
「何だよ。」
「あれ、どうやってるんですか?」

見たことのない光景だ。

何て言うか…、
土方様が言う通り、
本当に二人が引っ付いて歩いてる。

手を繋いで歩いたことはあるけど、あれはない。

もっと、引っ付いてる。

「"あれ"?」
「あの歩き方です!」
「あー。腕組んでんだろ。」
「腕?!」

私の興味深々な様子に、土方様は顔を引き攣らせた。

「お前、あれやりてェとか言わねーよな。」
「言います!!」

土方様は私の返事に「無理!」と即答した。

「どうしてですかぁー!」
「あれはやり過ぎな歩き方だ。」
「手は繋いで歩いてくれるじゃないですかぁぁっ!」
「あれは可愛いもんだろーが。」
"でもあれが限界"

煙を吐いて、
私に「無理無理」とまた言う。

「〜っ!」

私は見よう見まねで、土方様へ無理矢理に腕を絡ませた。

「おまっ、い、痛ェ!」

それがどうも、
土方様の腕を捩じっているようで。

「一回放せって!」
「ヤです!腕を組むのは痛いものなんです!」
「違ェよバカ!」

煙草を噛んで、
しがみ付いていた私の腕を器用に変える。

そのままに、「こう!」と私に見せた。

「おぉぉっ!!」
「そんなに感動するもんか?」

土方様は苦笑する。
腕を組むって、すごい!

「こんなに引っ付けるんですね!」

ずっと土方様に抱き締めてもらってるみたいな感覚。

「すごく…、落ち着きます。」

うん、いい。
手を繋ぐだけより、こっちの方がいいな。

「ったく。」

離れない私に呆れて、土方様は足を進める。
私も促されるように足を進めた。

そこで気付いた。

「土方様、」
「何だ。」
「これ、歩きにくいですね。」

引っ付きたいのを意識すると、
私の身体と土方様の身体がぶつかってフラフラする。

「だろ?だから放」
「でもせっかくだから、その角まで頑張ります。」
「頑張るなよ…。」

そうして、
私はうっとりしながら帰り道を歩いた。


だけど。

…あれ?

次に意識が戻った時は、もう朝で。

土方様の部屋に、
一人静かに立て掛けられていた私は、

刀の姿だった。


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