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不可思議


近藤さんの部屋の前で、

「ちょっと待っててくれ。」

土方様は「先に入って軽く言ってくる」と言った。
私はそれに頷き、閉まる障子を見ていた。

「近藤さん、話したいことがあるんだ。」

中の声は、容易に聞ける。
私は耳を澄ませながら待っていた。

「どうだ、決めたのか?」
「近藤さん、その話をしに来たんじゃねーんだ。」

土方様が擦るライターの音。

「このことの方が大事な話だぞ。」
「あんたがどう見えるか知らねーが俺はこの通りに」
「そう見えているのは俺だけじゃないと言っただろーが!」

ドンッという机を叩く音。

その音と一緒に、
急激に中の空気が張り詰めていく。

なに…?
何の話で…近藤さんは怒ってるの…?


「トシ!このままじゃお前は潰れるんだぞ!?」



え…?


「夜な夜な刀を持って出て行ってるのは挙がってるんだ!」


見られてた…?

でも…、
夜…出掛ける時は…私…、

人の…、
姿だったのに…。

…私…。

「それとは関係ねェ。」
「お前がそうなっている原因はあの妖刀しか考えられない!」
「っ、違う!」

私…、
私が何かしてる…。

その時、
廊下の軋む音が聞こえて。

私はすぐに刀に戻った。

中では近藤さんの大きな溜め息が聞こえる。

「トシ、一刻も早く供養に」

「あれ?」

山崎さんは廊下にあった私を拾い上げ、

「これ、副長の村麻紗じゃないっすか?」
"廊下にありましたけど"

障子を開けた。
二人の視線を感じる。

特に、土方様は目を丸くして。

「返せ。」

苦しく、眉を寄せた。
山崎さんは「あ、はい」と言って土方様に近づく。

だけど、

「丁度いい。」

近藤さんが、山崎さんに向かって手を差しだす。

「山崎、それを貸せ。」

それに顔色を変えた土方様はすぐに言う。

「やめろ山崎!それは俺のだ!」
「トシ!」
「俺がどうなろうが、紅涙は渡さねェ!」
「"紅涙"…?何の話ですか、副長。」

土方様は本当に必死で。

それを見た近藤さんは、余計に怪訝な顔をした。

近藤さんは「山崎、」と呼ぶ。
彼は「…どうぞ」と言って、私を近藤さんに渡した。

「ッ…、」

ギリッと音がしそうなほど、土方様は奥歯を噛みしめる。

近藤さんは鞘を取る。
刃を見て、また溜め息をつく。

「これは、供養してもらって処分する。」
「何を言って」
「こんな斬れない刀を持ち歩いて何をしてるんだ、トシ…。」

光に当てても、
もう反射すらさせない私の刀身。

「この妖刀は危険過ぎる。」
"山崎、トシを見てみろ"

近藤さんは鞘に戻し、顎で土方様を差した。
覗きこんだ山崎さんは「わ、」と声を上げた。


「副長…三日前より酷くなってるじゃないですか!」
"何ですかその顔!"



酷いって…?
何が…おかしいの?

私から見ても、
いつもの土方様にしか見えない。

でも近藤さんも山崎さんも、
土方様の様子はおかしいって…。

「ほんと手放した方がいいっすよ!」
"その妖刀!"

私の…、せいで…?

「俺のことは放っておいてくれ!」

土方様は立ち上がった。
近藤さんの手にあった私を取り上げる。

部屋を出ていこうとする土方様に、「トシ、」と近藤さんが声を掛けた。

「刀を使う俺たちにとって、斬れない刀を傍に置いておくことは縁起が悪い。」

部屋に入った時とは逆に、
今の近藤さんは酷く冷静だった。

「いずれ刀のように曇り、身を落とす危険性が高まる。」

土方様は「もう縁起なんて担がねェよ」とあしらった。

だけど近藤さんは、

「縁起を担ぐのは大事なことだ、しないよりはした方がいい。」
"お前だってしてきたことだ"

その言葉に、
土方様は何も返事をしなかった。

そのまま、
部屋を出て、黙ったまま自室に向かう。

『土方様…、』

刀のままの私は、
土方様の頭の中へ話しかける。

土方様は静かに刀を握りしめ、

「すまなかったな…紅涙、」
"最近変なんだよ、あいつら"

苦しそうに眉間に皺を寄せて言った。


部屋に戻って、
私はすぐに人の姿になった。

「私…、何かしてるんですか…?」
「いや、何もしてねェよ。」
「でも土方様の体調が悪いって…、」
「どこも悪かねェよ。悪いように見えるか?」

私は顔を振る。

いつもの、
昔から傍にある土方様だ。

「なら…どうして皆さんは…、」
「目がおかしいんじゃねーか?」

土方様は馬鹿にしたように鼻で笑う。

「気にすんなよ、紅涙。」
"相手にすんな"

優しく、私の頭を撫でる。

「紹介すんの、遅れそうだ。」
"ごめんな"

私の目に映る土方様は、普通なのに。

何が…おかしいんだろう。

「…、」

静かな部屋で考えていると、眠気が襲う。


こんな時に眠いなんて…、
なんて気が弛んでるんだろう。

そう思って何度も目を擦るけど、眠いものは眠むくて。

それに気付いた土方様が笑った。

「寝てろよ。」
「でも…、」
「俺もキリいいとこで昼寝する。」
"なんか疲れたよな"

苦笑をして、
傍に座布団を敷いてくれる。

私はそこに頭を乗せた。

土方様の傍で丸くなって、
仕事をしているその横顔を見上げる。

「皆さんの目…、治るといいですね…。」

意識を手放す前にそう言って、

深い眠りの先で、

「…そうだな。」

土方様の切ない声がした。


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