6


因果の声


夜。

いつのものように、
土方様は「出掛けるか」と言った。

だけど、私は顔を振った。

「今日は、…やめておきましょう?」
「…あいつらのことは気にすんな。」

私はさらに顔を振った。

「屯所でも、私は楽しいです。」
"土方様さえ居れば…"

土方様は渋い顔をする。
私はそれに歯を見せて笑った。

「土方様は、私だけじゃ楽しくないですか?」

私だって、
吉原に行きたい。

二人で、
賑やかに、
楽しく甘い時間を。

「…楽しく…なくはない。」
「ふふ、」

だけど。
それよりも、

「しばらく、屯所でいましょう?」

近藤さん達の言ったことが気になる。

あの発言を、
無視してはいけない。

土方様とずっと一緒に居た人達が、悪いように言うはずない。

「"しばらく"っていつまでだ?」
「もう土方様!」

ふいっと顔を背けた土方様は、

「夜が暇になるな。」

長い時間にうんざりするような声を出した。

「それじゃあ仕事してください。」
「おまっ、そこは労わるとこだろーが!」
「私も手伝います!」
「いい。お前、この前ミスったし。」
「あっあれはちゃんと言ってくれなかったからで」
「はいはい。」

その後、
しばらく土方様は書類に対面。

私はその横で、
捲られる書類を見ながら、たまに手に取ってみたりして。

「…、」

読んでみても、さっぱり分からない。

だけどこの距離は、とても温かくて。

傍にいる土方様の息遣いも、
たまに触れる腕も。

私の身体の中は、
十分すぎるほど、満たされていた。

土方様は、どうかな。

私みたいに、
満たされてたりするのかな。


「…紅涙、」

その声に、はっと顔を上げる。
土方様と目が合って苦笑される。

私、今寝てた?

「眠いか?」

慌てて顔を振る。

「大丈夫です。」
「眠いんなら寝ろよ?」
「はい。」

さっきも寝たはずだ。
どうしてこんなに眠いんだろう。

昨日の夜もそうだ。
勝手に刀に戻ったりして。

何か、変なのかな。

『お前がそうなっている原因はあの妖刀しか考えられない!』

この眠気と、
近藤さんの言ったこと、

関係あるのかな…。

「…、…紅涙、」
「ぁっ、はい!」

しまった。

「眠いんだろ?」
「ね、眠くないです!」
「さっきから隣で船漕いでますけど?」
「ぅ…。」

土方様は笑って立ち上がる。

「布団敷くから。」

襖を開ける背中に、「眠くないです!」ともう一度言った。

だけど土方様は着々と布団を敷いて。

「何に意地張ってんだか。」

そう言って鼻で笑う。

「明日だって夜は長いんだ、今日は寝ちまえ。」
「でもっ、」
「時期に俺も寝るから。」

宥めるように言われ、私は渋々、腰を上げた。

布団に入って、
机へ向かい直した土方様に声を掛ける。

「早く…キリつけてくださいね。」

それを聞いた土方様はくすっと笑って、

「仕事しろって言ったヤツの言葉とは思えないな。」

少しだけこちらに顔を向けた。

「おやすみ、紅涙。」
「おやすみ…なさい。」

眠くないのに、眠い。
目を閉じれば、簡単に吸い込まれる。

深い、
深いその場所。

私しか見えない暗い場所。

何も聞こえないし、
何も見えないのに。

不思議とその場所は、恐くなくて。

ずっと、
この場所にいてもいいと思えるほど。

そこに座ろうとした時、


『お前も、ここに来る時が来たか。』
"贅沢な話だ"


誰かの声が響いた。


- 6 -

*前次#