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奈落


何…?
この感覚。

『妖刀のお前が、ここに来るとはな。』

私に似てる。

違う。
私と、同じ。

「あなたも、土方様の刀。」
『如何にも。』

だけど今、
土方様の手にある刀は、私と一つ前の刀だけ。

「あなたは、もうないわ。」
『当然。だからここにいる。』
「…それは…どういう意味?」

もう存在しないものが、いる場所…?

『無知なお前に教えてやろう。』

声は低く、
感情なんて欠片もない。


『ここは、墓場。』 


墓場…?


『思念の墓場。そして浄土の入口。』


言われてることが…呑み込めない。

「私が…どうしてそんなとこに…。」

人で言えば、
今私がいるここは死んだ後の場所ということになる。

「私はまだ…土方様の傍に居るのに…、」

さっきだって。
布団に入って、眠っただけ。

「どうして…、」
『お前は、何も気づいていない。』

居心地が良かったはずの場所なのに、

この暗闇がざわめいて見えて。
苦しくなるほど、圧迫感を感じた。

『眠気。』
「…それが、何だって言うの…。」
『あの眠気は浄化の証。』

浄化…?

『満たされたお前は、器から抜けようとしている。』
「そ、んな…、」
『その魂は浄化され、お前の役目は完全に終わる。』

…うそ、

「嘘だ。」
『真実だ。』
「そんなのっ…信じるわけない!」

私は消えてなくなるってことでしょう?

「役目は、っ刀が錆びた時に終わっている!」

だから私は、
人の姿を行き来することが出来ていたのだ。

「その先も存在した私が消えるなどっ、」
『そうしてお前が気付かぬから、皺が寄った。』
「し、わ…?」

そう言った後、
真っ暗だった場所に穴が開いた。


『お前の眼で見るがいい。』


私はその場所まで行き、穴の中を覗いた。

するとそこには土方様の背中があって。

その後ろには、
人の姿の私が眠っている。

そうよ、これが真実。

「何を見ろっていうのよ。」
『お前の眼に、あれはどう映る?』

そう言った時、
土方様が眠っている私の方を向いた。

その、顔が。

「っ!!」

その、顔が…。

「土方…様っ…、」

私は思わず、穴から目を背けた。


『あれがお前の寄せた皺。』


そこにあった土方様は、

ただでさえ白い肌をさらに白く。
それはもはや青に近い。

目元は疲れたように窪み、赤眼。
私の寝顔を見て微笑む姿は、痛々しいほど。

「土方様っ…、」

目を背けても、
私の目にはこびり付いている。

『これが、真実。』

近藤さんたちが言ってたことは、このことだったの?

『お前がいつまでも土方に憑くがため、あの様になったのだ。』

そんな…、
そんなっ…。

「私はただ…っ、…、」

違う、きっと。
これは僻みだ。

「っ、土方様をこんな風に見せて、私と入れ替わるつもりなんでしょう?」

そう、
こいつの作戦だ。

土方様の傍に居たいから、私を乗っ取るつもりなんだ。

「私は、騙されない!」
『お前がそうして目を背けるからこうなったと言っているのだ。』
「あなたの戯言よ!」

その声は、『ならば』と続けた。

『このまま、何も変わらず過ごせば良い。』
「言われなくてもそうするわ!」
『そして土方の命も消えるのだ。』
「っ、…何…?」

土方様の…命…?


『あのまま衰え続け、近いうちに土方は死ぬ。』


…っ!


『お前が、主を殺すのだ。』
"妖刀らしい最後ではないか"


どうして…、
こんなことになってしまったんだろう。

『そうしてお前は奈落へ行く。』
「…、」
『お前と同じ妖刀"紅桜"と共に彷徨うがよい。』
「あれを…私と一緒にしないで。」
『同じだ。結果は同じ。』

私はただ、
…、
ただ一緒に居たいだけなのに。

『欲に塗れ、変えようのないことを忘れたのはお前だ。』

その声は言った。

『与えてもらったことを感謝し、浄化せよ村麻紗。』

…土方様。

本当はね…、
私、どこかで…、

どこかでいつか、人になれるような気がしてて。

「…、」

ずっと傍に居れるんだと…、
勝手に思い込んでた。

そんなこと、あるわけ…ないのに。

私は…刀。
ただの刀でしかない。

「…教えてくれて…、ありがとう。」

そうだね。
変えようのないことを忘れたのは私。

『ここでまたお前に会えるのを待っている。』
「…ん。」

目を、
背け続けていたのは私。

土方様…、
苦しめて、ごめんなさい。

あんな風にして…、

本当に…、


「ごめんなさい…、っ、土方様っ…、」


ごめんなさい。


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