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導火線


目が覚めて。

「…、」

私は、
布団の上にいた。

人の姿で。

隣には、
土方様が眠っている。

「…土方様…、」

あの場所で見た顔は、酷くやつれていたのに。

「こんなに…綺麗なのに…。」

やっぱり、
私の眼に映る土方様は、

今までと同じ、土方様で。

「…、」

それでも。

そう見えているのは、私だけで。

そう見える私のせいで、
土方様自身まで惑わせている。

「…、ずっと…苦しめてたんですね…。」

重力で垂れる前髪に触れれば、僅かに唸る。

愛おしい人。

浄化できるほど、
あなたは私を幸せにしてくれた。

私の、
たった一人の、

大切な人。

「あなたを…、死なせるわけにはいかない…。」

私なんかのせいで。

「もう妖刀なんて…言われたくない。」

刀は主を守る存在のはず。
あなたを苦しめることは、したくない。

「…離れたく、ないけど…、」

悲しいけれど。

「泣くことは…一人で出来るから…。」

今はただ、
土方様のこれからを想おう。

「土方様…、」

一分でも、
一秒でも早く。

「起きてください、土方様…、」


私は、還る。


「ん…、」

ゆっくりと眼を開けて、

「…、はよ。」

土方様はゆっくりと笑む。

「おはようございます、…土方様。」

極普通のことも、

「…?どうした、紅涙。」

『与えてもらったことを感謝し、浄化せよ村麻紗。』

今は。

すごく、
苦しい。

「っ…、」

浮かび上がる涙を隠すように、
まだ眠そうな土方様の胸に擦り寄った。

「変な夢でも見たか?」

私の身体に響く声。
感じるぬくもり。
漏れて触れる息。

「まだ早ェから、もう少し寝てろ。」

人として、
傍にいること。

「…、土方さま…、」

全部、
私が手放すモノ。

私が、


「私は、…村麻紗は…幸せでした…。」


本当は始めから、
持っていないモノ。

「…紅涙?」

私は、

…刀。

「…ごめんなさい…、」
「どうしたんだよ。」

目を背けて来て、ごめんなさい。

「土方様…、」

怪訝な顔をする土方様の頬に手を当てる。


「私を、…村麻紗を、鍛冶屋に…連れて行ってください。」


私の言葉に、
土方様は目を丸くして、
すぐに険しく眉を寄せる。

私の手を払って、土方様は起き上がった。

「朝からつまんねェ冗談言うな。」

こちらに背を向けて、煙草に火を点けた。

「冗談じゃ…ありません。」

同じように起き上がり、その背中に目を向ける。

「私は…あなたを苦しめてる。」

声にすると、口が震えた。
背中を、向けていてくれて良かった。

「鍛冶屋に…連れて行ってくだ」
「黙れ!」
「っ、」

大きな土方様の声は、
まだ静かな屯所に響いているはず。

きっとまた、
みんなは土方様を心配する。

「お前まで…、」
「…、…土方様…?」

土方様は、私に背を向けたまま。

少し俯いているように見えるのは、
右手に持たれた煙草の灰を落とすせい。


「お前まで…そんなこと言うなよ。」


土方 十四郎は。


「…何でそんなこと、言うんだよ。」


強くて、

恐くて。

「俺が…間違ってるのか…?」

厳しくて、

一人で生きていけるような人。

「本当は…お前は俺から離れたくて仕方な」
「土方様っ!」

私は土方様を抱き締めた。

「そんな風に、…っ言わないで…。」
「…。」

土方 十四郎は、

強くて、
恐くて、

厳しくても。

決して、
一人で生きていけるような人じゃない。

「自分を責めたり…しないでください。」

こうして見せる弱い部分を、

あなたはこれから、
どんな人に見せていくのだろう。

「…土方様…、」

村麻紗は、

「これは、…大切な話です。」

あなたに何を残せるのだろう。


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