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滴下する、


「私の…、こと、なんです。」

声が、掠れる。
土方様は背中を向けたまま、

「聞かねェ。」

煙草を、灰皿に叩く。

「大切な…ことだから…、」

私は崩れるように落ちた灰を見ていた。

土方様は黙ったままで。
その煙草を口につけて、

「朝から気分悪ィっつってんだよ。」

苛立たせて言う。

普段なら、
もうこれ以上は話さない。

嫌われたくないから。

だけど。

「お願い…、土方様…、」

私は、
その冷たく振る舞う背中に手を伸ばす。

「今、っ話さないと…、」

時間が、ないんです。

「私が、っ…、言えるうちに…、」

あの姿を覚えているうちに。

気持ちが、
また日常に流されてしまわないうちに。

「ちゃんとっ…、話したいんです、っ、」

失ってから、

「後悔っしたくない…っ、」

あの暗い場所で、
あなたを想って泣くのは辛い。

「っ、少しでも、多く、っ、」

少しでも。


「一緒に、いたいからっ…、」


あの場所で、
温かい思い出と一緒に。


「っ一緒に…、いたいよぉっ、」


やっぱり無理だ。
泣かないなんて、出来なかった。

私の中は、
こんなにも土方様でいっぱいで。

それが幸せで、
それが苦しい。

「ぅっ、っ、土方っ、さまぁっ、」

縋るように呼んで、子どものように目を擦った。

その時、

「もう喋んな!」

怒声は、
土方様の温もりと一緒に、

「俺は…聞かねェっつってんだろ!」

私を、
包んでくれた。

「ひじかたさま…、」
「いればいい!」

土方様の顔は私の肩辺りで。
その表情を窺うことは出来ない。

「ずっと、…ここにいろよ!」
「っ、」
「お前は…紅涙だ!」
「土方…さま…?」

ギュっと強くなった腕。


「もう…っ、お前は紅涙だろ?」


その声は、
どこか悔しそうで。

「村麻紗なんかじゃねェよ…!」

何かを、
察しているようで。

「どこにも…やらねェ。」

胸の軋む音が聞こえた。


「失うのは…あの時だけで十分だ。」


顔を見せた土方様は険しい顔で。

一度口を開けて、
何も言わずに閉じた。

ゆっくりと目を瞑って、
深く息を吸って、


「お前は、紅涙だ。」


不器用に、笑った。

私は、

「っ…、」

何も言えなかった。

話したいことも、
話さなきゃいけないことも。

それを言わないからって、
ずっとここに居れるわけじゃないのに。

「土方さまっ…、」

今はただ、
目の前の人を想って、

「何も、心配すんな。」

その優しさに、
その愛おしさに、

泣くことしか出来なかった。

「大丈夫だから。」
"お前も、俺も"

いつだって私は。
自分のことしか考えられなくて。

「きっと…悪い夢でも見てんだろ、俺たちは。」

土方様は、
何も知り得ることがないと思い込んでいた。


「そうでもねェと…報われねェよ…。」


その言葉が、
どれだけ重みを持つかなんて、

想像もしていなかった。


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