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鐘の音


「ここや。」

周りには民家もなく人気もない。
先の方には倉庫の建ち並ぶ様子が窺える。

「ここで寝泊まりしてんのか?」

そんな場所に、
そこそこ大きな一軒家。

民宿ができるほどの大きさだ。
中からは明かりが漏れている。

おまけに、
周囲は人気がないのに、この中には数人の気配を感じる。

「せやで。住んでるっちゅうか…。」
「泊まらせてもらってるって感じやな。」
「"泊まらせてもらってる"…?」

…これはいい。
こいつらの後ろに、何かある。

当たりか…?

「誰に泊まらせてもらって」
「兄ちゃん、そこは聞いたアカン。」
「あんまり首突っ込まん方がえぇこともあるで。」

顔の前で手を振って「やめとき」と言う。

「知らんでも生きていけるしな。」
「せやで。また今度も俺らが連れてきたるし。」
「その代わりイイの持って来てや。」

"イイの"?
何のことだ?

男たちは玄関を開ける。
そこには刀を側に置いた男が座っていた。

「戻ったで。」
「おう。」

見張りか。
ここで何やらかしてんだ?

「それにしても兄ちゃんツイてんで。」
「今日は上玉や。」

二人がニマニマとしながら階段を上っていく。

"上玉"

その言葉で馬鹿でも想像はつく。

なるほど。
そういうわけか。

俺はワザとらしく「何の話だ?」と問えば、男が「よぉ言うわ」と鼻で笑った。


「女に決まってるやろ。」


やはり。

「金品ついでに頂いてくるんや。」
「せやけど、頭は無駄に生真面目やからな。」
「そうそう。これしてること言うたら痛い目合わされる。」
「しゃァから、このことは内緒や。」

少し前を歩く男がチラリと後ろを見て「頼むで」と念を押す。

「内緒…ねェ。」

さすがにこれは黙って見てらんねェな。

現に、
隣の部屋やら向かいの部屋やら、
そこらかしこで犯罪の声が耳を貫く。

近くには山崎も居ることだろうし、頃を見てしょっぴくか。

「さ〜てと、可愛いあの子はお寝んねしとるんかな〜?」
「連れてくる時はしっかり薬が効いとったからな。」

立ち止まった一室の前で、男は手を揉んだ。

「さぁ、開けますよ〜。」

ニヤリと笑った男が襖を威勢よく開けた。

その後ろで、
俺は腕を組んで見ていた。

言い逃れ出来ないように、
手を出した時にやっちまうか…。

汚く笑う男達を見ながらそんなことを考えていた時、

「なっ…」

一人の男が口を開けたまま固まった。
もう一人の男が「なんでやー!!」と叫んだ。

不思議に思った俺が、
部屋の中を覗き込めば、

「…誰も居ねェじゃねェか。」

剥ぎ取られたかのような布団だけが、雑に散らばっていた。

「ちっ違う!おった!おったはずや!!」
「そうや!俺ら連れてきたし!!」
「…逃げたんじゃねェか?」

部屋の中に駆け込んでいく男二人を見ながら、部屋の様子を窺う。

一人の男がガクリと膝をついた。

「…来はったんや…。」

その言葉にもう一人の男が「嘘やろ…」と言った。

「こんなとこ暇潰しにもならん言うてたのに…。」
「あのお方が言うたからちゃうか?」
「せやけど女に困るようには…」

「おい、誰が来たんだ?」
「ああ…万斉さんや。」
「"ばんさい"…?」

…待て。
その名前…。

「何でよりにもよって俺らのもんに…。」
「好みが似てるんちゃうか…?」
「笑えんわ…。」
「笑えんな…。」

男たちは顔を引きつらせる。

「いつ江戸に戻りはるんやろ…。」
「のびのび生活出来てたあの頃が懐かしいわ…。」

ばんさい…
…万斉。

「…河上…万斉か?」
「っ兄ちゃん…なんでそれを…。」
「…。」

俺は返事をする代わりに溜め息をついた。

当たりか。

「それならお前達は鬼兵隊か?」
「い、いや、どっちか言うたらただの攘夷浪士や。」
「鬼兵隊に入れんかったんや。」
"雑魚はいらん言われてな…"

まあ想定内の結果だな。
それでも僅かに鬼兵隊と繋がりがあったか。

さて山崎の評価はどうしてやるかな。

「せやけど、努力次第で入れてくれるらしいわ。」
「言われたことして、ちょくちょく接触してんねん。」

いや、
これは入れる気ねェな。
よく喋ってくれるのは助かるが。

「高杉に会ったことはねーのか?」
「あるわけないやろ!ってか、"さま"抜けてる!高杉様!殺されるから!」

とりあえず、ここは潰すか。

鬼兵隊じゃねェんなら、
直接俺らが江戸に連れて行けない。

まずは別件で挙げてから搬送…か。
時間掛かるな。

「先に言うててくれたら二人用意したのになァ。」
"万斉様も読めん人やなァ"

二人は溜め息をつきながら、布団の方へ近づく。

その内の一人が何かを拾う。
手には、折りたたまれた紙。

「…なあ…これどう思う?」
「なんやそれ。」

男は二人で一枚の紙を見る。
俺もそれに近づいた時、


「やばいやばい!絶対やばいやろ!」


後ずさりをしながら、一人の男が叫んだ。

「どうした?」

俺が声を掛ければ、
もう一人が「兄ちゃんの意見も聞かせて」と涙目で聞く。

見せられた紙には、短い文。


『女は貰う。
褒美をやるでござる。』


「"ござる"って何だよ。」
「そこやなくて!」
「こんなことだけで"褒美"って…怪し過ぎるよな…。」

「だな。」

俺の相槌に、
男は「そんなサラっと!」と頭を抱えた。

「いいことやない…よな…?」
「そんな甘いことともちゃうんちゃうか…?」
「そうだな。」
「ま、まさか…、」
「最近は雑魚を片づけていってるいう噂らしいし…。」

もう一人の男は「殺られるううう!」と頭を抱えて膝をついた。

「いいいいつ来はるんやろ…。」
「女連れてったし、明日ぐらいちゃうか…?」
「ほなら…それまでにどっか逃げて」
「無理やろ…絶対捕まるて…。」
「そんなん言うても殺されるだけやないか!」

何やら口喧嘩になり始めた男たちを横目に、俺は投げ捨てられていた紙を拾った。

折り畳まれた紙は、
やんわりと折り目を残して開いている。

もう一度、文面を読んだ。

ダメだな、コイツら。

「…殺られるな。」
「兄ちゃん、それ追討ちー!!」

鼻で笑って、紙を手に取る。
いちよう持って帰るか。

何かに役立つかもしれねーし。

「…?」

拾い上げた時、
はらりともう一枚紙が落ちた。

ハガキのような大きさ。
そこには地図らしきものが書かれている。

褒美をくれる場所か。
つまりはここにいるってことだ。

「…有難ェ…。」

笑いたくなるのをかみ殺す。

最高だ。
たとえその場所に高杉がいなくても、状況からして万斉ぐらいならいる。

やっと来たな。
大坂まで来た甲斐があった。

「くく…。」

地図を拾い上げた時、
それが初めて裏面だということに気付いた。

紙も、
文面の書かれた紙より僅かに分厚い。

「写真…か?」

俺は何も考えずに、その紙を裏返した。


そして。


「っ!!!」


それを目に映した瞬間に、

俺の頭は、
一瞬で動かなくなった。

「に、兄ちゃん…?」
「めっちゃ瞳孔開いてまっせ…。」
"もともと凄かったけど"

男達の声が、耳鳴りの先で聞こえた。


「…紅涙っ!!」


その後、

気が付いた時には宿の外で。


「しっかりしてください、副長!!」


俺を後ろから羽交い絞めにする山崎の声で意識が戻った。


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