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歯車一つ


潜入して二日目の夜。

「…さてと。」

その頭の声に、雑魚二人が立ち上がる。

「ほなら行こか。」

先ほどまで舐めていた酒を残し、
「勘定」と言って机の上に数枚の札を置いた。

くしゃくしゃの金を見ながら、男たちを見上げた。

「どこにだ?」
「お仕事や。」
「"仕事"?」

俺が眉を上げれば、頭は頷く。

「生活費稼ぎや。」
「…強盗か。」
「悪ゥ言えば強盗や。まァこの時間はカツアゲの方が多いけどな。」

コイツら…。
どうしてそういう考え方しか出来ねェんだ?

「仕事っつーか…。」
「生活のためやねんから、れっきとした仕事やろ。」

強盗だのカツアゲだの、
よっぽど骨が折れるだろーによ。

「面倒なことしねェで、普通に働けばいいだろ。」

呆れるように言えば、
頭は俺の言葉に目を丸くして、ガハハと笑った。

「そりゃ善人の言うことやな。」

しまった。

「そう言う兄ちゃんも普通に働けばえぇやろ。」
"俺らのとこなんざ入らんとよ"

つまんねーこと言っちまった。

「そう、だな。」

返事をして、
掻き消すように鼻で笑った。

今は真選組としての考えを捨てなきゃなんねェ。
ついそっち側の考えで捉えちまう。

「…。」
「…。」

勘付いたか…?
こんなつまんねーことで失敗したくねェ。

絶対ェ山崎に馬鹿にされる。

…気付いていたとして。

動けばどうする?
斬っちまうか?

いや…、
致命傷にならねェ程度にして、
そこから何か絞り出すように仕向けて…。

「頭!」

思案していた糸が、
濁った声に掻き消される。

声のした方を見れば、
まるで子どものように目をランランとさせた男二人がいた。

「俺らはあっちから攻めてきますわ!」
「なんや今日は高額行ける気がすんなァ!」

左の方を指して言えば、
俺の前にいた頭は「分かった」と頷いた。

「そしたら兄ちゃんとワシはあっち行こか。」
「…あァ。」

どこか緊張感のある空気を持ったまま、俺たちは二手に分かれて歩き出した。

が。

「アイツにするか…。」

暗い夜道に疎らな人影。

生憎、
今日は狙い易そうなタイミングが多い。

このままいけば、
俺の目の前で強盗することになる。

それはさすがによろしくねェだろ。

「あー、」
「何や。どうした?」
「煙草、切れちまった。」
"そこの自販機で買ってくる"

片手を上げて歩き出せば「煙草あるで」と言う。

振り返りみれば、
偶然にも頭の出した煙草は俺と同じ銘柄。

…。

「いや、俺それじゃねェから。」
「そうか、それなら買うて来い。」
"ワシはここで待っとくわ"

注意深い男じゃなくて良かった。

俺は男の前でも煙草を吸っている。

もしそこを突かれれば、
また面倒な嘘を考えなければならないとこだった。

「あー…面倒くせェ…。」

少し先にある自販機に向かって、一人呟く。

元々、
顔色を見て話す方じゃねーからな。

俺に潜入が合ってるわけねーんだよ。

ってか、ほんと。
俺、なんで潜入なんてしてんだ?

「はあ〜…。」

小銭を入れて、
いつもの銘柄を押した。

受け取り口に手を入れた時、


「山崎。居るんだろ?」


出来るだけ自然に、小声で呼んだ。

「何ですか、副長。」

民家の隙間から山崎がチラリと顔を出す。

「お前、一般人の役しろ。」
「え。」
「今からカツアゲしてやるから。」
「え、えェェェェ?!」
「煩ェ!!」

山崎の声を誤魔化すように自販機を蹴った。

その衝撃で、受け取り口が割れた。
山崎は「ヒィィィ!」と顔を引き攣らせる。

「どないしたんや?!」
「あー別に。イラついただけだ。」
「そうか。」

離れた場所にいる男に、軽く手を挙げて返事をした。
気が逸れたのを確認して、俺はまた山崎に声を掛ける。

「この状況で強盗しねェで済むと思うか?」
「お、思わないッス。」
「真選組が強盗できるかァ?」
「で、出来ないッス。」

山崎が溜め息をついて「分かりました」と言った。
俺は「頼んだぞ」と言って買ったばかりの煙草に火を点けた。

「ふっ副長!」
「ンだよ。」
「い、痛く…しないでくださいね…?」

…。
気持ち悪ィ。

何だこの初々しいモジッた言い方。

「安心しろ、山崎。」

俺は自販機に背を向けた。


「分からねェようにしてやる。」


後ろ手に手を上げれば、
「どっち?!それどっちの意味?!」と耳につく小声で言った。


そこから少し歩いて。

「…あれ。」

灯りの少ない暗い道。
俺は前を歩く一人の獲物を顎で差した。

「あれ、行くわ。」
「お?やる気やな、兄ちゃん。」

怪しいほどオドオドと歩くあの男。
もちろん、山崎だ。

「アンタはそこで見ててくれ。」
「そうか、ほなら見せてもらうわ。」

俺は男にゆっくりと近付く。
男の足が止まった。

「い、痛くありませんように…。」

コソコソと小声が聞こえる。

…残念だなァ、山崎。
俺ァよ、

「おい、お前。」

"痛くしないでほしい"と言われるほど、
痛くしてやりたくなるんだよ。

「面、貸せや。」

総悟ほどじゃねーから安心しな。


「いや〜、兄ちゃんやるなァ!」
「どうも。」

二つ折りの財布を片手に、頭が笑う。

「しゃァけど、あないボコボコにせんでも。」
"ギャーギャー言うてたで"

山崎は全く抵抗する素振りもなく、
「今の絶対折れた」だの「約束と違う」だのと騒ぐばかりだった。

そのまま、
最後はゴミ置き場に捨ててきた。

「煩ェヤツは嫌いなんでね。」

俺は煙草を吸いながら、
山崎のことを思って鼻で笑った。

頭は「気に入った」と言った。

「そういや兄ちゃんの名前、まだ聞いてなかったな。」
「あ、あァ。」
「何ていうんや?名前。」

大坂で顔は割れちゃいねェ。
名乗っても問題ねェはずなんだが、どうも言いたくねェと頭が言う。

「なんや?言えん理由でもあるんか?」
「…いや…、ねェけど。」

だがこれ以上、
疑念を持たせるわけにはいかねェ。

「…き。」
「ん?何やって?」
「…山崎。」
「おぉ、山崎か。」

俺が山崎たァ、
言うだけで器が小さくなった気がしてならねェ。

だが仕方ねェこと。
これなら絶対に誰も知らねェだろーし。

「聞いたからにはワシも名乗らなな!ワシの名前は」
「いや、いい。」
「…何でや?」
「知る必要、ねェから。」

どうせ突き出すんだ。
コイツの名前なんざ、俺には必要ねェ。

「慣れ親しむつもりはねェからよ。」

そう言った俺の言葉に、
「ほんまにお前は面白いヤツや!」とまた笑った。

「いや気に入った!これからもよろしく頼むで、山崎。」
「…あァ。」

ドンっと肩を叩かれてイラッとしたが、引き攣る笑いで我慢した。

「兄貴〜!!」
「お、アイツら帰ってきよったな。」

やたらと機嫌よく走ってくる。
さぞ刈り取ることが出来たのか。

…だが。

「どうや、収穫は。」

聞いたその言葉に、
男二人は苦笑しながらガシガシと頭を掻いた。

「いや、それが今日は人が少な過ぎて全然。」
「何や電車の本数が減ったそうで。」

さっきの様は何だ?
あからさまにテンション上がってただろ。

「兄貴、今日は俺ら先に帰ってもえェですか?」
「あ?あァ、まァえぇけど。」
「ほなら、すんませんが!」

すぐさま二人して走って行く。

おいおい、
怪しすぎるだろ、あれ。

「…俺も帰る。」

つけてみるか。

俺は頭を置いて、
帰りを急ぐ二人を追った。

それも堂々と。

「ちょ、え?何でお前付いてくんの?!」
「帰り道こっちだから。」
「いや絶対違うやん、こっちとか倉庫しかないし。」

隠れてつける必要がない。

「じゃあ勉強。」
「いやいや、"じゃあ"って何?!」

馬鹿なふりをして付いていけばいい。
こういうのは兄貴面したがるもんだ。

「はあ〜…しゃーないな。」

一人が諦めたように言う。

「まァ仲間増えた方が、都合はえぇしな。」

もう一人も渋々頷きながら、「それに、」と続けた。

「ここで帰したら兄貴に告げ口されかねん。」
「…しゃァ…ないな。」

心底、残念そうに溜め息を吐いた。

「ついて来てもえぇわ。」
「しゃァけど、兄貴には内緒やで。」
「…分かった。」

俺は頷いて、
「こっちや」と言う男二人の後を付いていった。

二人の足取りはやはり軽く、
千切れ千切れに聞こえる声は浮かれ口調。

「…。」

犯罪の、匂いがしていた。


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