12
神々の。
地図に書かれていた場所。
よくある、古い倉庫。
「見張りも居ねェのか。」
その重い扉を開ける。
倉庫の中は恐ろしいほど暗く、
こちら側が月明かりで眩しく感じるほどだった。
暗さに比例して、
静かなのかと思えばいくつもの声が聞こえた。
(何人居るんだ…?)
頭の隅で、
紅涙の声を探しながら、
耳を澄ませて息を呑む。
「いいから飲め。」
「っ、」
直後に聞こえるガラス音。
カランと軽い何かが転がった音。
「テメェ…、」
「せっかく気に入られた貴重な存在だと言うのに…。」
"本当に馬鹿な女でござる"
また金属音が聞こえて。
今度は、
「やめてっ!!」
女の声がした。
その声が耳に届いた時には、
俺の足は勝手に動き出し、
探るまでもなく、ヤツらの前に辿り着いた。
「触んじゃねェ!!」
大声で叫んだ俺の目に飛び込んできたのは、
「…万斉、何をやらかした?」
女物ような着物を着る片目の男と、
「拙者は何も。」
サングラスとヘッドホンをした若そうな男。
そいつらは、
見覚えがあるなんてもんじゃねェ。
「…河上…、高杉!!」
まさに俺達の探していた獲物。
こんな状況でさえなけりゃ、もう少しマシな出方があっただろう。
だが生憎、
「紅涙っ、」
俺には、
余裕の欠片もなかった。
男達に囲まれるように、
目隠しをされて縛られている女。
「っ…、土方…さん…?」
紛れもなく。
会いたくて、
仕方のなかった、
恋しい女だった。
「お前は…真選組の。」
「確か、鬼の副長でござる。」
高杉と河上が言う。
「ほう。こんなところまで来たか。」
口を歪ませて、高杉が笑う。
「仕事熱心なことだ。」
ククと喉を鳴らせ、紅涙の顎を持つ。
「やっ、」
「触んな!」
踏み出した俺の脚と比例するように、斬れるような風が吹く。
「どうしたでござるか?」
"あの女になると音が変わる"
目の端には河上。
俺の喉元に刃と突き付け、「ふむ」と考えて見せる。
「なんだ。そういうことか。」
今度は高杉が言う。
「鬼の副長と恐れられる存在が、こんな女如きで。」
その顔が至極楽しそうで。
俺の勘が、
考えたくないことばかりを考える。
「なかなか、万斉の眼は冴えていたということか。」
高杉が喉を鳴らす。
河上は「当然でござる」と冷静に答える。
「いいぜ、楽しめそうだ。」
「ふっ。晋助が楽しめれば、拙者も楽しい。」
俺の喉に、
僅かに喰い込ませた刃。
「っ土方さん!」
掴まれていた顎を振り解くように身体を揺すり、紅涙が声を上げる。
「黙れ。」
「いやっ、触らないで!」
「紅涙っ…待ってろ。すぐに終わらせる。」
腰元に手を伸ばせば、刃に触れる皮膚がちくりと痛む。
「おいおい、言ってくれるじゃねェか。」
高杉は笑い、
紅涙の顎を持ち上げた。
「触んじゃねェ!!」
「聞き飽きたな、お前のその言葉も。」
紅涙はまた振り解くように動くが、高杉の手が掴み直す。
「人のものほど欲しくなるんだよなァ。」
口の端を吊り上げる。
言い終わると同時に、
高杉の顔がゆっくりと紅涙に近付いた。
やめろっ…、
それ以上…紅涙に近づくんじゃねェ!!
「高杉ィィィ!!!」
側にいた河上の腹に目がけて足を蹴りあげる。
「おっと。」
河上が俺をかわす。
それも想定内。
少し下がったその瞬間に、俺は紅涙の方へ駆け出した。
だが。
「残念。土方殿は拙者がお相手するでござるよ。」
態勢を立て直す速さは尋常じゃなかった。
すぐに斬りかかってきた刀を交わせば、紅涙からまた遠ざかる。
「くそっ!」、
「あっちは晋助に任せるでござる。」
顎で指すその姿は、
まるで"見ろ"と言わんばかり。
顔を向けた俺に見せつけるように、
高杉はチラリとこちらを見て笑った。
「紅涙か、いい名前だ。」
「っ、ぃやっ!」
紅涙の耳元に顔を近づける。
鳥肌が立つ。
俺の目の前で、
俺の大切な女が壊される。
「や、めろ…っ、」
声が震える。
息が上がる。
「ぃやっ、土方さん!」
紅涙が声を上げる。
目を瞑らされてるせいで、恐怖心はより一層強いはず。
「やめろ…、やめろォォ!!」
まるで俺の声を切欠にするように、
「っ…っん、ぃっ…やァっ」
高杉は紅涙の唇を覆い隠すかのように口付けた。
「っ、紅涙!!」
顔を逸らしても、追いかける高杉の舌。
高杉の手は、
紅涙の身体を這いずる。
俺の歯がギリリと音を鳴らした。
「ほら、土方殿。早く終わらせないと晋助が調子に乗ってしまうでござる。」
ククっと笑った河上に、
俺はようやく腰にある刀を抜いた。
鞘を投げ捨てる。
柄を握り持つ俺の手は、
今までにないほど力で溢れていた。
「言われなくても終わらせてやらァ、すぐにな。」
その腐った考えを。
お前たちを。
「殺してやる。」
俺は、絶対に許さない。
「いい音がしているでござる。まるで死神のよう。」
河上は「いや、鬼人か」と笑う。
「ほざけ、俺ァそんな弱くねェ。」
今の俺は、
神をも殺せるような気がした。
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