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逆転
静かな夜は江戸と変わらない。
「こっちに来てから何の収穫もなしですね。」
"攘夷浪士の影一つない"
何泊目かの宿屋の一室。
何度目かの酒を注ぐ山崎が、苛立った様子で頭を掻く。
「さすがに他の隊士にも弛みが見え出しましたよ。」
「暇すぎて…か。」
本当に、何一つ収穫がない。
拠点として挙がっていた場所も、まるで嘘のような荒地に。
物品証拠はもちろん、
過去に人的な騒ぎもないときた。
「山崎、テメェの調査はどうなってんだ?」
「おおお俺、ちゃんと調べましたから!」
「だが現にこの有様だろォが。」
「いっいや、ホシというものは動くもので」
「どう責任取ってくれんのかなァ〜?山崎君。」
傍に置いてあった刀を握ると、
山崎は「待ってくださいよ!」と言って忙しく手を振る。
はぁぁと溜め息を吐けば、
『幸せ、一つ逃げちゃいましたよ?』
紅涙の笑い声が聞こえた気がした。
無常の風
- B part -
「お、俺に策がっ!!」
忙しなく手を振る山崎が言う。
「ほほ〜、言ってみろ。」
「実はこの宿屋の酒場に善からぬ輩がいるそうで。」
「勿体ぶってねーでさっさと言え。」
山崎が言うには、
この宿屋の酒場が集い場になっているらしい。
暴行、強盗、殺人。
肩書きのように自慢するヤツらが夜な夜な集まるという。
「もしかすると鬼兵隊の残党がいるのではないかと…。」
ただの罪人かもしれねェ。
攘夷活動なんてしてねーヤツの方が多くなっているのは確かだ。
だが何もない現状で、
それを見す見す無視するわけもなく。
「で?」
「いきなりしょっ引くわけにもいかないので、こちらから入ってしまえばと思いまして。」
"入る"?
俺の怪訝な顔を見て、
山崎は神妙な顔付きで頷く。
人差し指を出して「つまりですね」と言った。
「潜入するんですよ。」
「…いつものことだろ。」
「違います!俺じゃなくて、副長が!」
…。
「はァァ?!何で俺が潜入すんだよ!」
「ここは大坂ですよ?副長の顔も割れてません!」
山崎は必死に言う。
「何かの時のために俺より戦力の高い副長が潜れば事が早いと思います!!」
確かに…そうだが。
「まだ確信をついていない案件ですよ?」
…なんだ、コイツ。
「皆に知らせるのは様子を見てからにした方が、もしもの時にホシを掴み易い!」
やけに能弁だ。
「皆、早く帰りたいんです。」
「…そりゃ分かってるよ。」
『行ってらっしゃい、土方さん。』
昨日のように、顔が浮かぶ。
ここにいるように、声が聞こえる。
「副長、」
「あァ?」
「連絡とか…しないんですか?」
「誰に。近藤さんにならお前が」
「違いますよ!…その…ほら、ですね…、」
ブツブツと言う山崎は、
そのまま不貞腐れたように自分の猪口へ酒を入れた。
「俺なら…、連絡しますよ。」
"頻繁に"
猪口を持ち上げて、口を尖らせる。
「山崎。」
「はい?」
「お前、気持ち悪ィ。」
「えェェ?!普通でしょ!」
酒の入った山崎は、本当によく喋る。
江戸でならそれを許さない俺も、
この日々のせいで随分と丸くなった。
自分で思うほど。
「煩ェな、お前は。」
"女みてェ"
鼻で笑えば、ギャーギャーと言う。
俺は猪口を持ち上げて、
「いいんだよ。」
言葉を吐けば、酒が揺れた。
声と一緒に、
交らせるつもりなどなかった溜め息も含んだ。
「会いたく…ないんですか?」
波紋は小さな猪口一杯に広がる。
「…会いてェよ。」
グイッと呑み乾せば、喉がカッと熱くなる。
「会いてェからって、連絡してどうすんだよ。」
"会えるわけねェのに"
山崎に猪口を差し出せば、
気まずそうに口をギュッと閉じた。
「そ、そりゃ…そうですけど…。」
「そのうち帰れるんだ、そのうち会えるだろ。」
そう、
そのうち。
そのうち、帰る。
あいつの元に。
それで充分。
それだけで、充分。
「"そのうち""そのうち"って…。俺には副長が分かりませんよ。」
「そりゃ結構。」
山崎は「もう!」と言って酒を飲み乾した。
威勢よく置いた猪口がカツンと音を立てた。
「ともかく!」
「…。」
「副長だって、早く済ませたいでしょう?」
それにしても。
いつもにましてムカつくな、コイツ。
「紅涙さん、待ってますもんね。」
山崎のくせに、上から目線かよ。
「…分ァったよ。」
ムかつくけど、
仕方ねェ。
「俺が入ればいいんだろ。」
早く帰るためなら、
仕方ねェよ。
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