7
仲間
「そうと決まれば早速行きましょう!」
山崎が勇ましく立ち上がった。
俺はそれを見上げて「今かよ!」と言った。
「何事も早め早めがイイんですよ!」
"ちょうど着流しですし!"
山崎がニコニコして「さぁさぁ」と言う。
「…なんかお前…楽しんでねェか?」
「やっやだな副長!そんなわけないですよ!」
"俺の仕事の辛さを思い知れだなんて考えてるわけ…"
「あァん?」
「いいいいえいえいえ何も!」
酒の入った山崎は、輪を掛けて上機嫌。
…そうだ、酒だ。
「待て山崎。俺もお前も呑んでんだぞ?」
何かあった時、
今の状態なら確実に支障を来たす。
少なからず、
潜入する俺も酔ってねェとは嘘でも言えねー状態。
考える俺とは正反対に、
山崎はあっけらかんと「大丈夫ですよ!」と笑う。
「いきなり抜刀なんて、ありえませんって。」
"名乗るわけじゃないんですし"
…それもそうか。
「潜入ですよ?仲間ですよーって入るんですから。」
「…分ァってる。」
上からだ。
現にコイツ、
立ち上がってるから本当に上からだ。
…やっぱり一回シメとくか。
「山崎…、」
「はい?」
「お前…数回殴らせろ…。」
「はい?!」
"一回とかじゃなく?!"
握り拳で立ち上がった俺に、山崎は慌てて刀を差し出した。
「さ!早く行ってください!!」
ぐぐっと俺の背中を押す。
舌打ちをして、その手から刀を奪い取った。
「ちゃんと見張ってますから!」
そう言って、
異様なほどの笑顔で見送りやがったから、
「っぶべぇぇぇ!」
部屋から出る時に殴ってやった。
一発で我慢してやった俺は、
「俺って優しー。」
やはり丸くなったと思う。
虫も眠る時間。
「あー…すんません。」
酒場は随分と雰囲気を変えていた。
それなりに体裁を隠しているのかと思いきや、面白いぐらいに簡単に目に付いた。
「ァン?何や、お前。」
ガタイがデカくて、
焼け過ぎた肌。
「アンタらの噂、聞いたんスけど。」
どうなったら出来るのか検討もつかねェ顔の傷。
揃いも揃って三人とも。
「噂ァ?」
「兄ちゃん、何が言いたいんや?」
両脇の二人が喋る。
なるほど、
この真ん中が頭か。
「俺、金に困ってんスよ。」
「…。」
「入れてくれません?腕は自信ある方なんで。」
刀をチラりと見せれば、男は鼻で笑った。
「丁度ええ。暇潰しに腕試ししたろーやないか。」
「俺ら二人から刀奪ってみいや。」
"そしたら考えてもええわ"
店内にも関わらず、
男は鞘から刀を半分抜いて、鈍く光る刀身を舐めた。
「いいんスか、それで。そこの人は?」
俺は顎で頭らしき男に言った。
その男は俺を睨み、口の端を吊り上げて笑う。
「お前、面白い男やなあ。俺はそれで構わんよ。」
「決まりやな、兄ちゃん。」
「ほなら、やりましょか。」
ニマニマと汚ねェ笑みを浮かべて男が言う。
クソ山崎。
俺をこんな不潔なところに放り込みやがって。
俺は店内を見回した。
「外でしませんか、ここではちょっと。」
それに頭が鼻で笑う。
「そうやな、外行こか。」
"お前ら、外でやれ"
従うように、男二人が外に出た。
無風。
あるのは湿気と暑さだけ。
「ただでさえ暑いっつーのに…。」
肌に纏わりつく空気に呟く。
酒のせいで体温も高い。
今頃、
山崎はうちわ片手に見物してんのか。
…やりかねねェ。
「なんや、ビビったんか?」
「兄ちゃんやめとくかー?」
ヘラヘラ笑う。
こんなヤツらに刃を汚す必要もねェ。
後で磨くのが面倒だし。
鞘でいい。
「…行きますよ。」
それからどれぐらいだろうか。
いや、
考えるほど経っちゃいねェ。
「ちょ、兄ちゃん!」
「もう俺ら刀ないやん!」
"何でまだ振り上げてんの?!"
恐ろしく弱いヤツらだった。
「雑魚…。」
「兄貴ィィ!コイツ、こんなこと言うてますでェ!!」
「俺らのこと雑魚や言うてるぅぅ!!」
縋りつくように男二人は"兄貴"に助けを求めた。
頭は笑って「その通りやろ」と言う。
「兄ちゃん。アンタの腕は本物らしいな。」
「そりゃどうも。」
「今ので分かった通り、俺らは雑魚の寄せ集めや。」
"そんなんに興味あんのか?"
警戒、か。
頭だけあって、
少しばかりキレるようだ。
「興味ありますよ。俺も雑魚ですし。」
「雑魚やない、充分な力やでアンタは。」
「金が欲しいんスよ、生活のために。」
俺の言葉に、頭は薄く溜め息を吐く。
「確かに、強盗だの何だのは生活のためにやってる。」
「…。」
「しゃあけどな、それ以上にせなアカンこともある。」
「"それ以上に"…?」
頭は黙って頷いた。
「今はまだ言えん。信用したわけやないからな。」
「確かに。」
腰元に刀を直しながら相槌をうつ。
それを見ていた頭が、
また鼻で笑う小さな音が聞こえた。
「それでもええ言うんやったら、俺らと一緒に来ィや。」
頭の両脇に、
身なりを整えながら雑魚二人が並ぶ。
「兄ちゃん、良かったな!」
「アンタほんま強いわ!」
"殺されるか思たで"
先ほどまでのことが嘘のように、雑魚の二人はガハガハ笑う。
「お前がおったら、俺らも少しは自由効くかもしれん。」
そう言って、
頭まで同じようにガハガハ笑う。
まったく…。
おめでたいヤツらだ。
「ありがてェ。入れてもらうぜ。」
第一段階突破、だな。
煙草を吸おうと懐に手を入れた時、
「…、」
視線を感じた。
男三人に気付かれないよう、
ゆっくりと目を向ければ、山崎が親指を立てて笑っている。
「…。」
山崎よォ、
お前の仕事はこんなもんかよ。
潜入っちゅうのは楽な仕事じゃねェのか?
覚えてろよ、テメェ。
親指を立てる山崎に向かって笑いかけてやる。
山崎はすぐさま顔色を青くして、親指を隠しやがった。
- 7 -
*前次#