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行きはよいよい


「紅涙さん、元気ねェでさァ。」
「そんなことないですよ。」

沖田さんと来たファミレス。
机の上にある水が汗を掻いてる。

「迷惑…でしたかィ?」
"俺のしたこと…"

しゅんと俯いた沖田さんに、
私は慌てて「違います」と言った。

「少し…ドキドキしてて…。」

沖田さんがしたこと。

それは、
今から数十分前の話。


「私が…ですか?」
「ああ。お願いできないかな。」

"何かの時に"と、土方さんが大坂へ発った後。
沖田さんと交換した電話番号。

初めて掛かってきた電話は、真選組屯所への呼び出しだった。

招き入れられたのは局長室で、
あまり話したことのない近藤さんという人が私に言った。

「この書類をトシに届けてほしいんだ。」
「でも私じゃかえって迷惑を」
「紅涙さん、あの馬鹿野郎が忘れたんでィ。届けてやってくれませんかィ?」

近藤さんの横に座る沖田さんも「頼みまさァ」と頭を下げた。

そりゃあ土方さんに会えるのは嬉しい…。

だけど私が行って、
もし余計なことに巻き込まれでもすれば、二度手間になってしまうのではないか…。

「生憎、これ以上江戸を手薄にするわけにはいかなくってな…。」

近藤さんは、
「俺達が行ければいいんだが…」と困った顔で頬を掻く。

「郵送は外部に漏れる心配がありやすからねィ。紅涙さんにお願いしたいんでさァ。」

二人して「頼む」と頭を下げられて。

「…私でも…よろしいんでしたら…。」

私は頷いた。
一般市民の私の考えより、はるかに優れる彼らが言うのだ。

役に立てるのなら。

「が、頑張ります。」

そう言うと、
「ありがたい!」と近藤さんは笑って頭を下げた。

「詳しくは総悟から聞いてくれ。」


そして今。

沖田さんから、
場所と渡すべき書類を受け取ったところ。

「野郎の居る地域は夜の治安が断トツ悪い所でさァ。」
「は、はい。」
「朝早くに出れば夕方には着く。夜に着くことだけは止めてくだせェ。」
「分かりました。」

ほんとに…、
私でいいのかな…。

土方さん、
怒らないかな…。

「野郎のことだ。どうせ連絡も取ってないんでしょーねィ。」
「…はい。」
「会いたいですかィ?」
「…、はい。」

俯いた時、頼んだパフェが届く。

私の前と沖田さんの前。
沖田さんは早速スプーンでアイスを掬った。

「なら話は早ェ。行ってやってくだせェ。」
「…。」
「紅涙さんが会いてェってことは、野郎も会いてェってことでさァ。」

当然のようにシレッと言って頬張った。

土方さんも会いたいって…、
思ってくれてるかな。

「そんな…ものですかね…。」

待ってる、って言ったけど…行ってもいい?

「そんなもんですぜ、男と女は。」

まるで私よりも何倍も年上みたいなことを言って。

「ふふ。お兄さんみたいですね、沖田さん。」
「やめてくだせェよ。」

沖田さんはパフェに目をやったまま鼻で笑った。

「明日の朝にでも発ちなせェ。」
"これ、切符"

スッと出したのは、明日の日付になっている切符。

「本当にお兄さんみたい。」
「こっちからの依頼ですからねィ、真選組の経費でさァ。」
"だから買ってただけですぜ"

沖田さんはチラりと私のパフェを見て、「溶けますぜ」と言った。

「いつもありがとうございます、沖田さん。」
「…紅涙さんが"妹"ねィ。」
「え…?」

ポツリと沖田さんが呟いて、

「…まァ妹で我慢しときまさァ。」

その笑顔が、
少し苦しそうに見えた理由は、私には分からなかった。


そして翌日。

「ね、寝過ごした…。」

どうにか午前中と言われる時間に電車に飛び乗った。

けれど、
確実に予定時刻からは遅れた。

「切符に時間指定がなくて良かった…。」

用意してもらった切符は、
真選組特別優待らしく時間の決まりはなかった。

「何時に着くのかな…。」

最近開通した新特急のお陰で乗り換えはない。

だが、
江戸から大坂まではかなり遠い。

『夜に着くことだけは止めてくだせェ。』

「夜には…ならないよね。」

沖田さんから渡された地図を見て、
真選組が泊まっている宿屋までの道のりを確認した。

「土方さん…驚くだろうなぁ…。」

どんな顔するかな…。

やっぱり怒るよね。
「なんで来たんだ!」とか言いそう。

「でも大事な書類なんだし…、必要なんだしね。」

最後には「会いたかった」とか、言ってくれるかな。

力に…、
なれたらいいな。


「乗客の皆さまにご連絡いたします。」


…何だろう。
静かだった車内に、アナウンスが響いた。

「ただ今、この先の踏み切り内で攘夷活動が行われているとの連絡を受けました。」

落ち着いたアナウンスとは逆に、騒がしくなる車内。

"攘夷活動"の言葉に騒がしくしている人や、踏み切り内という場所に怒っている人もいる。

「大変ご迷惑をお掛けしますが、今しばらくお待ちくださいませ。」

プツリと切れたアナウンスは、
私たちだけを車内に取り残したかのようで。

「俺は急いでるんだ!」
「どうにかならないんですか?!」
「代わりのバスは出えへんのか!」

窓の外にある止まった景色が、乗客の不安を煽るばかりだった。

「遅く、なるのかな…。」

膝の上に置いてあった、書類封筒を見て呟いた。


それから何時間経ったのか。

私が大坂に着いたのは、

「…真っ暗…です、沖田さん。」

既に夜で。

「でっでも駅前は明るいし。」

とにかく、
いつまでも駅前に居るわけにもいかない。

私は宿屋までの地図を出して、歩いてみることにした。

真っ直ぐ行って、
二つ目の信号を右に。

その先で左に曲がって。

…。

「あれ…、街灯が…遠いな…。」

進めば進むほど、街灯は少なくて。

必然的に暗くなる道。

「大丈夫…、大丈夫…。」

ギュッと握り締めた書類が、くしゃりと音を立てた。


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