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あるべき形


土方が煙草を買いに行った後。

「…。」

閉められた部屋で、私は落ち着かずにいた。

「出るべき…だよね。」

ここから、今。
…。

「だけど…、」

土方の言葉が気になる。
出て行く前に言ったこと。

『刀、そこにあるからよ』

どうしてそう言ったのか。
私が記憶障害の女じゃないって気付いてる?

そう考えると辻褄の合うことも多い。

「あの男…、」

山崎とかいう、あの男。
何かを報告していた様子。

あれが私のことだったら?

「…なら、余計に出ると怪しい…か。」

今この時、
私が出て行くか試されているのかもしれんない。

「…。」

もし気付いていたとして。
土方はどんな風に思っただろう。

変な女、で済むような頭じゃない。
鬼兵隊と気付かずとも、怪しむのはもちろんだろう。

「…やっぱり…、出ていくべき…かな。」

着物の上から、帯に挟んだ銃に触れる。


『何してたッスか!』


また子さん、怒ってるだろうな。
晋助さまに迷惑掛けた!とか言われそう。

高杉さまには、
無言で斬りつけられそうな気がする。

そしてきっと、
転がる私を見下ろしながら、


『下手をしたな、紅涙。』


いつもみたいに、片方の口角を上げて笑うんだ。

その顔を思い浮かべると同時に、

「あ…。」

土方の顔が浮かぶ。

「…。」

今、あの男は何を思っているんだろう。

私のことを、
どんな風に思っているんだろう。

「…何…考えてんだろ、私。」

ここに来てから、変だ。
どうでもいいことばかりを考えてる。

「…はぁ…、平静に…しなきゃ。」

銃から手を放した時、スッと襖が開いた。

「あっ…、」

その襖は、土方の部屋とを仕切る襖。
つまり。

「お、お帰りなさい。」

土方が、帰ってきていた。

う、嘘?!
予想以上に早い?!

「は、早い…ですね。」

そうだ、
煙草買うだけだって言ってたんだから早いか。

ああ、でもこれで。
私はまた出られなくなった。

まだあと少し、土方といるんだ。

土方と。

そう考えながら、私は立ったまま無言の土方を見上げる。

「…どうしたんですか…?」

その顔は、苦い。

「…、ンだよ…。」

睨みつけるように、低く声を出す。

「土方…さん?」
「なんで…いるんだよ。」
「え…?」
「どうして…出て行ってないんだ。」

この言い草。
やっぱり私が出ていくと踏んでいたんだ。

…だけど。

この言い方では、
まるで追いかける気がなかったようにも捉えられる。

「…どうして、出て行くんですか?」

土方を真っ直ぐに見る。
同じように見下げる土方が「お前は…」と口を開いた。


「お前は…、俺達の捜していた女じゃねェ。」


そう。
この男、もう言うんだ。
泳がせる気はないのか。

土方が言ってた期限の日まで、

まだあと一日、あったのに。

「…どうして、嘘をついた?」
「…。」

土方は私に紙を見せる。
その手には、顔写真のついた数枚の紙。

病院の、カルテか。

なるほど。
山崎が先ほど渡していたのはこれか。

「何を隠すために、嘘をついたんだ?」
「…何も。」

私は土方の目を見たまま、一言口にした。

初めて、
嘘をついた気がした。

「…あの刀は?」
「…。」
「あの刀はお前のなんだろ?」
「…。」

取り繕う気はない。

自分を庇ったところで、
この人がそれを鵜呑みにするわけがないから。

だから否定はしない。
だけど何も言わない。

「…何か言え。」
「…。」
「何か…言えよ!」

逃げ出したくなるような空気。
今すぐにでも目を背けたい。

…でも、

「何も…言えません。」

背けてはいけない。

「私には…、何も言うことはありません。」

この眼から、
私は出ていくのだから。

帰る。
私の場所に。

だから私は、
私の場所を守らなければならない。

「…。」
「…チッ!」

土方の舌打ちとともに、ドンッと襖が揺れる。

鈍い音も一緒にして、襖縁が折れたように見えた。

私はそれを機に立ち上がる。

「…私、もう解放ですよね。」

その行動に、土方が鼻で笑う。

「ンなわけねェだろ。」
"嘘ついて怪しいったらねーよ"

はあと溜め息を吐き、
慣れた仕草で煙草に火を点けて「刀は?」と吐く。

「刀はどう説明するつもりだ?」

後ろ手に指を差し、
導かれるように私もそれに眼をやる。

持ち出したい。
あれは私が高杉さまに認められた証拠。

懐刀として置いてもらう時、高杉さまが私にくれた刀。

「どうせお前のだろ?」
「…、」

私はそれに眼を瞑り、顔を振る。

「…知りません、私のじゃないので。」

土方を見る。
その眼はまるで、私を突き刺すようで。

「もう…嘘つくんじゃねェ。」

…どうして。
どうしてこの言葉が、苦しいんだろう。

耳が痛い。

「あれが…私のだという証拠はあるんですか?」

胸が、痛い。

「私は、あの場で拾ったんです。」
「…。」

土方の眼が、恐い。
威圧とか殺気とか、そんな怖さじゃなくて。

この眼に見られていると、
私が弱く、脆くなってしまいそうで。

「どうせ…もう私のことも調べたんでしょう?」

足を支えるように、着物の横で手を握りしめた。

「…私を捕え続ける必要性はないはずですが。」
「…。」

土方は煙草を指に挟み、腕を組んで私を見る。

私は怖気づく間さえ消す様に「それとも、」と話し続けた。

「それとも真選組とは、怪しいというただの勘だけで捕まえるんですか?」

挑発的とも取れる私の言葉。

だけど土方は、
先ほどのような苛立ちを見せることは全くなく。

「…煩ェ女。」

溜め息とともに、吐き捨てるように言った。

そして顎で外の方を差し、


「出て行け。」
"もうお前に用はねェよ"


つまらなそうに、目を逸らした。
私は「お世話になりました」と小さく頭を下げて、土方に背を向ける。


「もっとマシな女だと思ったがな。」


その言葉の意味を、
いくつも考えた自分がいて。

「もう少し養った方がいいですよ。」
"人を見る目"

自嘲するように笑い、
「失礼します」と振り返らずに、そう言った。

襖を閉める時、

「そりゃどーも。」

そう言った土方の冷めた声は、
いつまでも私の耳にこびり付いていた。


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