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高杉さまの元へ戻ってしばらくした夜。

「紅涙ー、晋助様が呼んでるッスよ。」

また子さんに言われて、高杉さまの部屋へ行った。

部屋に入ると、
いつものように煙管姿の高杉さまが、私の腰元に目をやった。

「刀は整えたのか?」
「はい。と言っても、ほとんどそのままです。」

"特に触る必要もなかったので"
そう笑えば、高杉さまは「そうか」と返事をする。

「なら今夜、お前に仕事だ。」
「仕事、ですか?」

予想しなかった展開に、一瞬頭が動かなくなる。

「明日にコトがある、知ってるな?」
「はい。」

明日は取引の日。

そう言えば、
少し前は最低な取引相手だったな。
やっぱりあれは高杉さまを殺すつもりだったのかな…。

まあ、
…万斉さんが消したけど。

「今回の取引相手だが、どうも落ち着きがなくてな。」

高杉さまが言うには、
今回の取引相手も随分と媚を売り歩いているらしい。

あの辺りのやつらは、
鬼兵隊と取引をしなければ生きていけないくせに、あわよくばと企んでいる。

つまりは、
鬼兵隊を消したいやつらを集めているらしい。

それを今回の取引で使うかもしれない、と。

「いくつかは万斉に潰させた。」
「は、早いですね…。」
「取引は白か黒かでいい。それ以外は必要ない。」

鳥肌が立つほど早い動き。
この人はどこまで先を見ているんだろう。

「一角を潰したが、それをヤツに知れるのは面白くねェ。」

高杉さまは、くくくと笑う。

「明日の夜まで、紅涙。お前が見張っておけ。」

口がニヤりと上がる。
酷く楽しそうな顔だ。
いや、現に楽しんでいる。

「もし知れてしまいそうな場合は?」
「その時は知らせに来たやつを殺せ。」
"そいつの目の前で"

高杉様はまた喉で笑う。


「通りすがりに当たっちまったぐらいで殺して来い。」


また難しいことを…。

「取引相手には何もしないんですか?」
「ああ。明日の夜まではな。」
「分かりました。」

私は高杉さまから、彼らの情報が書かれた紙を受け取る。

「お前の心配はしてねェ。人はいるか?」
「…いえ、私一人で十分です。」
"高杉さまのお言葉が何よりの自信に"

頭を下げて、「では」と腰を上げる。
高杉さまは口を歪ませて笑い、

「臆病者が余計なことをした天罰だ。」
"身の程を知らしめてやる"

そう言って、煙を吐く。
その煙に促されるように、私は部屋を出た。


一人で行けと言われた仕事は口外しない。

また子さんには何も言わず、隙を見て出てきた。
私を探してワーワー言っても、万斉さん辺りが上手くしてくれるだろう。

江戸の通りに出て、紙を見る。
拠点は男の店がある場所のようで、大通りに面している。

外部との接触も、
全てこの店を使って行っているらしい。

「…万斉さん、すごいな…。」

ここに書かれている情報は、万斉さんが得た情報。

潰す前に、
吐くものがなくなるまで吐かせる。

そんな冷酷さは、高杉さまと似ているような気がする。

「とりあえず店…見てみるか。」

私は書かれている店の前まで歩く。

その店は一見、呉服屋。
恰幅が良く、腰の低そうな主人だ。

「大きい店…。立派なのにねぇ…。」

何でこの店を大きくしたのかも怪しい。

現に明日、取引があるのだから。
もちろん呉服を、なんてわけがない。

「…どこかに張り込むか。」

店の中が見えれば一番いいけど、生憎、向かいは店舗。

とても潜り込めそうにはない。

「せめて声だけでも…。」

そう思って見渡せば、
呉服屋の横に僅かな隙間が目に入る。

ゴミ箱が置かれた奥は、何もない行き止まり。

「…。」

身体を横にして通れるほどの狭さ。
でもその隙間には、呉服屋の窓がいくつかある。

「…試しに入ってみよう。」

だが普通に入れば、周りの人が怪しむ。
ここは物を落としたふりをして、その隙間に入り込むしかない。

そこで私はお金をわざと落とし、追いかけるふりをしながら入ってみた。

「うん。いける。」

そこから通りを窺ってみるが、
都合よく、私を気に掛けている人はいないようだ。

ここからならコンビニも近い。
最高の条件だ。

「このまま張り込もう。」

私はそこで身を屈めるようにして、明日までいることにした。


張り込んでしばらく。

夜間にも関わらず何人か出入りはある。
その度、話声に耳を澄ますが目的の情報ではない。

最後の訪問客が帰って数分後、状況は一変した。

「…何…?」

通りの方から足音がする。
それも一つや二つではない。

「…十…、二十…?」

それぐらいの足音の多さだ。
だが外にいるからこそ聞こえるもので、その足音は家の中に居れば聞こえない。

徐々に近づく足音は、やがて私の視界に入った。

「っ…、」

その集団は、

「真選組…、どうして…。」

真っ暗な夜に染まるように、真っ黒な隊服。

それも、
先導しているのは聞き覚えのある声だ。

「いいな、今後の行動は作戦通りに。」
「「はい!」」

土方だ。

「お前ら、逃がすなよ。」
"逃がしたら山崎粛清な"

まさか…、
取り押さえる気…?

明日に取引があるのに…、
やっぱ生かせなきゃ駄目だよね…。

連れ出すとしても、
この狭い通路をあの呉服屋が走れると思えないし…。

「よし、突入!」

っ!!
しまった!!

「御用改めである!!」

考えてる間に真選組が突入してしまった。

私はとりあえず主人のところへ行こうと、狭い路地に身体を這わせて窓に近づく。

「…、」

中の様子を窺い、
その窓から真選組が離れたのを確認して、呉服屋へ侵入した。

いくら大きな土地とは言え、
あちらこちらで隊士の気配や声がする。

だが駆け付けた人数に比べれば少ない。
外や周囲、突入と部隊を分けたのだろう。

「うまく、見つけださなきゃ。」

隊士に見つかれば、誤魔化す前に連行されてしまう。

「ここには居ません!」
「次だ!」

私は真選組が大声でくれるその情報を聞きながら、こそこそと主人を探した。


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