12
猫
高杉さまの元へ戻ってしばらくした夜。
「紅涙ー、晋助様が呼んでるッスよ。」
また子さんに言われて、高杉さまの部屋へ行った。
部屋に入ると、
いつものように煙管姿の高杉さまが、私の腰元に目をやった。
「刀は整えたのか?」
「はい。と言っても、ほとんどそのままです。」
"特に触る必要もなかったので"
そう笑えば、高杉さまは「そうか」と返事をする。
「なら今夜、お前に仕事だ。」
「仕事、ですか?」
予想しなかった展開に、一瞬頭が動かなくなる。
「明日にコトがある、知ってるな?」
「はい。」
明日は取引の日。
そう言えば、
少し前は最低な取引相手だったな。
やっぱりあれは高杉さまを殺すつもりだったのかな…。
まあ、
…万斉さんが消したけど。
「今回の取引相手だが、どうも落ち着きがなくてな。」
高杉さまが言うには、
今回の取引相手も随分と媚を売り歩いているらしい。
あの辺りのやつらは、
鬼兵隊と取引をしなければ生きていけないくせに、あわよくばと企んでいる。
つまりは、
鬼兵隊を消したいやつらを集めているらしい。
それを今回の取引で使うかもしれない、と。
「いくつかは万斉に潰させた。」
「は、早いですね…。」
「取引は白か黒かでいい。それ以外は必要ない。」
鳥肌が立つほど早い動き。
この人はどこまで先を見ているんだろう。
「一角を潰したが、それをヤツに知れるのは面白くねェ。」
高杉さまは、くくくと笑う。
「明日の夜まで、紅涙。お前が見張っておけ。」
口がニヤりと上がる。
酷く楽しそうな顔だ。
いや、現に楽しんでいる。
「もし知れてしまいそうな場合は?」
「その時は知らせに来たやつを殺せ。」
"そいつの目の前で"
高杉様はまた喉で笑う。
「通りすがりに当たっちまったぐらいで殺して来い。」
また難しいことを…。
「取引相手には何もしないんですか?」
「ああ。明日の夜まではな。」
「分かりました。」
私は高杉さまから、彼らの情報が書かれた紙を受け取る。
「お前の心配はしてねェ。人はいるか?」
「…いえ、私一人で十分です。」
"高杉さまのお言葉が何よりの自信に"
頭を下げて、「では」と腰を上げる。
高杉さまは口を歪ませて笑い、
「臆病者が余計なことをした天罰だ。」
"身の程を知らしめてやる"
そう言って、煙を吐く。
その煙に促されるように、私は部屋を出た。
一人で行けと言われた仕事は口外しない。
また子さんには何も言わず、隙を見て出てきた。
私を探してワーワー言っても、万斉さん辺りが上手くしてくれるだろう。
江戸の通りに出て、紙を見る。
拠点は男の店がある場所のようで、大通りに面している。
外部との接触も、
全てこの店を使って行っているらしい。
「…万斉さん、すごいな…。」
ここに書かれている情報は、万斉さんが得た情報。
潰す前に、
吐くものがなくなるまで吐かせる。
そんな冷酷さは、高杉さまと似ているような気がする。
「とりあえず店…見てみるか。」
私は書かれている店の前まで歩く。
その店は一見、呉服屋。
恰幅が良く、腰の低そうな主人だ。
「大きい店…。立派なのにねぇ…。」
何でこの店を大きくしたのかも怪しい。
現に明日、取引があるのだから。
もちろん呉服を、なんてわけがない。
「…どこかに張り込むか。」
店の中が見えれば一番いいけど、生憎、向かいは店舗。
とても潜り込めそうにはない。
「せめて声だけでも…。」
そう思って見渡せば、
呉服屋の横に僅かな隙間が目に入る。
ゴミ箱が置かれた奥は、何もない行き止まり。
「…。」
身体を横にして通れるほどの狭さ。
でもその隙間には、呉服屋の窓がいくつかある。
「…試しに入ってみよう。」
だが普通に入れば、周りの人が怪しむ。
ここは物を落としたふりをして、その隙間に入り込むしかない。
そこで私はお金をわざと落とし、追いかけるふりをしながら入ってみた。
「うん。いける。」
そこから通りを窺ってみるが、
都合よく、私を気に掛けている人はいないようだ。
ここからならコンビニも近い。
最高の条件だ。
「このまま張り込もう。」
私はそこで身を屈めるようにして、明日までいることにした。
張り込んでしばらく。
夜間にも関わらず何人か出入りはある。
その度、話声に耳を澄ますが目的の情報ではない。
最後の訪問客が帰って数分後、状況は一変した。
「…何…?」
通りの方から足音がする。
それも一つや二つではない。
「…十…、二十…?」
それぐらいの足音の多さだ。
だが外にいるからこそ聞こえるもので、その足音は家の中に居れば聞こえない。
徐々に近づく足音は、やがて私の視界に入った。
「っ…、」
その集団は、
「真選組…、どうして…。」
真っ暗な夜に染まるように、真っ黒な隊服。
それも、
先導しているのは聞き覚えのある声だ。
「いいな、今後の行動は作戦通りに。」
「「はい!」」
土方だ。
「お前ら、逃がすなよ。」
"逃がしたら山崎粛清な"
まさか…、
取り押さえる気…?
明日に取引があるのに…、
やっぱ生かせなきゃ駄目だよね…。
連れ出すとしても、
この狭い通路をあの呉服屋が走れると思えないし…。
「よし、突入!」
っ!!
しまった!!
「御用改めである!!」
考えてる間に真選組が突入してしまった。
私はとりあえず主人のところへ行こうと、狭い路地に身体を這わせて窓に近づく。
「…、」
中の様子を窺い、
その窓から真選組が離れたのを確認して、呉服屋へ侵入した。
いくら大きな土地とは言え、
あちらこちらで隊士の気配や声がする。
だが駆け付けた人数に比べれば少ない。
外や周囲、突入と部隊を分けたのだろう。
「うまく、見つけださなきゃ。」
隊士に見つかれば、誤魔化す前に連行されてしまう。
「ここには居ません!」
「次だ!」
私は真選組が大声でくれるその情報を聞きながら、こそこそと主人を探した。
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