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ほころび


極力、足音を立てないようにして歩く。

「広すぎでしょ、この家!」

背中を壁につけて、
隊士の気配を意識して各部屋を廻る。

そのうちいくつかある部屋のひとつで、刀のぶつかる音がした。

「真選組が何だってんだコラァ!」
「弱い犬ほどよく吠えまさァ。」

どうやらここの主人は、用心棒を雇っていたらしい。

既に斬られた、
いかにもガラの悪い男が転がっているのを何人か見た。

屋敷に用心棒を住ませ、
高杉さまと取引、
おまけに真選組の突入…。

「案外、派手にしてたってことか…。」

ここの主人は、
私が考えているような媚だけで生きていないようだ。

「…面倒なことにならなきゃいいけど…。」

おがる声や、隊士の声。
物音や刀のぶつかる音から少し離れた廊下。

「この奥…、蔵かな…。」

明かりのない、暗がり。
僅かに開いた木戸から小さな明かりが漏れている。

「…居そうだな…。」

人の気配がする。
お目当ての主人であってほしい。

私がそちらの方へ足を踏み出せば、


「ま、待ってくださいよ。」


タイミングよく主人の声がした。

やった!
見つけた!

私に気付いて声を掛けたんだろうと、さらに足を踏み出した時。


「待たねェよ。」


低い声が、
私の身体を駆け抜けた。

「わ、私が何をしたって言うんですか。」
「ンなことテメェが一番分かってるだろーが。」

なんてことだ…。
私の目的の主人は、既に真選組に見つかってしまっていた。

それも、土方に。

「私はただ呉服屋を細々と」
「トボけんじゃねェよ。」
"よくこの状況で言えるもんだな"

木戸に背中をつけ、耳を澄ます。

カチッと音がする。
ふうと漏らす溜め息のような音。

煙草か。

そう思い、
私の頭に浮かんだ様子はあまりにも鮮明で。

「とっとと来い。怪我したくねェんならな。」

自分が思っている以上に、
私は土方のことを覚えているんだと驚いた。

「ほっ本当に私は何も」
「煩ェっつってんだよ!何ならここで言ってやろーか?!」

怒鳴り口調の土方が、
そのまま大きな声で余罪を口にする。

天人との密輸取引。
違法物取り扱い。
攘夷浪士の擁護。
犯行指示による殺人容疑。

よくもまあ、それだけ裏を取られたものだ。

「まだ言わせるつもりか、あァ?」
「くっ、」

主人の詰まった声がする。

そろそろ助け出さないと…。
でも土方に勝てるのかどうか…。

いや、
不安に思っている暇はない。

私が斬られた時は斬られた時。
今は言われたことをしなければ。

ぎゅっと刀を握りしめた時、
詰まった声とは一変した主人の大きな笑い声がした。

「馬鹿め!お前たちが来ることなど、とうに予想しておったわ!」

その声とともに、
何やら中から物音と罵声が増えた。

私は僅かに開いていた木戸から中を窺う。

「…。」

私から一番に見えるのは土方の背中。

それに重なるように、
数人の大柄な男が刀を土方の方へ向けている。

この狭さに、この人数。

「形勢逆転ではありませんかねぇ、真選組サン。」

主人は笑いを耐えるように声を震わせ、

「だからお前らは犬と呼ばれるんだ!」

盛大に、下品に笑った。

主人の言う通り、
確かにこの人数をやるには不利だ。

一旦、ここを出るつもり?
土方の動き次第では、私も動かなくてはならない。

目を凝らして、
指の動き一つ見落とさないようにする。

「さぁさぁ、命乞いでもしてみせてくださいよ。」

上ずった声に、
ぐぐっと刀を握る土方の手に力が入る。

そして唸るように、

「…犬で上等。」

そう口にして、


「形勢逆転、上等。」


ゆっくりと、
主人の方へ顔を向ける。

それと目が合った主人は、ヒッと顔を引きつらせた。


「こうでなけりゃァ刀持ってる意味ねェよなァ?」


今度は土方が楽しそうに声を出す。
前に構えて、顎で促す。

「遊んでやるよ。」

その声を皮切りに、
主人の後ろにいた一人の男が駆け出す。

「舐めやがってコラァァ!」

だがその男はあっさりと斬られてしまった。
急所を突かれた男は床に倒れたまま起き上がることはない。

「次、来いよ。」

土方の挑発する声に、今度は男どもが一斉に駆け出す。

四方八方から斬りだされてくる刃。

それを的確に避け、
確実に急所をついて消していく。

その姿に、

「…すごい…。」

私は瞬きを忘れていた。

舞う、というのは彼のことだ。

型にはまった振る舞いではない。
言わば我流がほとんど。

なのに、
それがまるで演舞のようにすら見える。

「…、」

勝てない。

そう思った。

間違いなく、
今の私が彼と相討ちをしても勝てない。

これほどまで圧巻されたのは、高杉さま以来だ。

「…。」

そうだ。
今のうちに、主人を連れ出さなきゃ。

どうにか私に気付いてもらって、こちらに来るようにしてもらおう。

早くしないと、
土方が全て斬り終わってしまう。

木戸の僅かな間から主人を見る。

が。
その私の眼に、

「…、」

主人の不敵な笑みが映った。

そして動いた口は、

「…馬鹿め。」

そう動いて、懐に手をやる。


「終わりだ。」


その行動、
一瞬で銃だと気付いた。

直後に、

---パンッ

乾いた軽い音が鳴る。

あんなもので人を殺せるとは思えないほど安い音。

「…ぐっ…、」

だけど、それは。

「…。」

それは、
誰にも当たらずに天井を貫いた。

「…、わ、わしの腕が…、」
「…。」

理由は、
主人の腕が斬り落とされたから。

「腕が…っ」

ギャアアと叫ぶ声を目の前で聞きながら、私は茫然としていた。

「…お、お前…、」

私の背後では、土方の声がする。

「…私…、」

自分の手を見れば、刀を握り締めている。

その刃は血に濡れ、
ゆっくりと思い返せば落とした感触がした。

どうやら私は、


「…、どうしよう。」


守るべき取引相手を傷つけてしまった。

「こっこのアマァァ!」

私の目の前で、素早く主人が銃を拾う。

「死ねエェェェェ!!」

利き手ではない方で持ち、私に向けた。

だがそれは、

「グアッ…!」

私の前に立った黒い背中に消される。

「…ったく、最低だなコイツ。」
「…。」

どたっと崩れた主人は絶命している。

どう、しよう。
どうなってこうなったんだろう。

「…お前、」

土方は、振り返る。

「…。」
「…、」

どこかぼうっとしたまま、土方を見上げる。
土方は何かを口にしかけて閉じた。

そうしてもう一度開いて、


「…お前、やっぱ刀使えんじゃねェかよ。」


私を見て、苦笑した。


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