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日和る


土方を、助けてしまった。

「私…、」

助けなきゃいけないのは、主人の方だったのに。

「どうしよう…、」

取引が出来なくなった。
それだけじゃない。

「私…何てことを…。」

私のせいで、
取引相手自体を消してしまった。

高杉さまに何て報告すればいい?

「どうしようっ…、」

どうすればいいのか全く浮かばない。
取引は鬼兵隊にとって、一番優先し完遂すべきこと。

謝って済む話じゃない。
死んで詫びる話じゃない。

害を生んだ。
迷惑を掛ける。
私なんかで補えないほど。

「ああっ…、」

毟るように頭を抱えた時、「おい」と肩を掴まれた。

「…、」
「お前、大丈」

「土方さーん死にやしたかァーィ?」

遠くで響いた声。
私の身体は目に見えてビクリと揺れた。

そうだ、
ここには真選組が山ほどいるんだ。

とにかく逃げなきゃ。
ここから出なきゃ。
聴取とか、また面倒なことになる。

そう思い、
出て行こうとすれば、

「待てよ。」

土方が腕を掴んだ。

まずい、聴取に連れて行かれる。
その時はパニックになったふりでもして、ここから駆け出すしかない。

「お前、…、」

土方はまた口を開いて、何も言わずに閉じる。

これで二度目だ。
彼は私に何かを言わずとしているのだろうか。

どうせ私を怪しんだ言葉だろう。
聴取はもちろん、
また保護とか言うのかもしれない。

そう思い、僅かに眉を寄せた。

だが再び開く土方の口は、私の予想を反していた。


「お前、どこから入ってきた?」


どこ、から?


「出入口は俺たちで固めていた。加えこの屋敷に女はいねェ。」


土方は付け加えるように、
"こいつ女嫌いだからよ"と寝そべる主人を横目に見た。

「で、どこから入った?」

質問の意図が分からなくて、
私が中々答えずにいると、他の隊士の声が近くなってきた。

「土方さーん死にやしたかー?」

その声を聞いて、
土方は苛立った様子で私に「もういい」と言った。

「もういいから、お前はとりあえずこの部屋で隠れてろ。」

隠れる…?

「一度俺が隊を外に出すから、お前はその間に屋敷を出ろ。」

土方は私に「いいな?」と念を押して、声のする方へ歩いて行った。

「総悟、目標は暴れたから殺った。一先ず外と合流するぞ。」
「ありゃ。まだ生きてやしたか。」
「俺のことだったのかよ!」

そのまま土方は本当に外へ出てしまった。

「…、」

どうして…?
どうしてこんなことを…?
これじゃあまるで、私を逃すようだ。

何を考えている?
どういうつもり?

…でも。

「でも…出なきゃ。」

私は土方に言われた通り、
外に出払ったのを確認してから外に出た。

それからしばらく、
深夜にも関わらず騒がしくなった人混みの中、
遠巻きに真選組が片付けていく一部始終を見ていた。

終始、頭の中にあったのは、

「…帰るの…、恐い…。」

とても高杉さまに合わせる顔がない、ということだけ。

「…。」

粛清されるかもしれない、なんていう恐怖じゃない。

「…取引が…、」

私が"仕えない者"となるのが恐い。
やっと得た信頼を、失うのが恐い。

「…私の、せいで…。」

帰ることなんて今は出来そうにない。

だけど戻らなければ、
今夜あるはずだった取引に高杉さまは来てしまう。

戻って、
事の全てを伝える必要がある。

「…、…できない、」

足が、動かせない。
身体の中が"帰りたくない"と震える。

戻らないのは、鬼兵隊から逃げることと同じだ。

居場所を失うことと、同じ。

「…。」

それでも私は、
足を動かすことは出来なかった。



空が紅く濁り、
明るくなった頃。

ようやく呉服屋から最後の班が撤収した。
土方はそれを見送り、屋敷の外で煙草をつけた。

ゆっくりとしたその様子は、

何かを、
…私を、待っているよう。

なんて。

そう見えるのは、
私の頭が今、ろくに物を考えられないせいだろう。

「…、」

私は土方の方へ歩いた。
前のようなことにはならないと、確信があった。

彼は確かに、
私を隠そうとした。

真選組から庇うようにした真意は分からないけど、

「…。」

話す価値は、あるかもしれない。

戻りたくない今、
時間を費やすいい手段でもある。

私に気付いた土方は、まだ長いその煙草を消した。

「よォ、」
「…。」

土方は私の態度を鼻で小さく笑い、

「待たせたか?」

挑発するように投げかける。

冗談。
私は待ってない。
待ち合わせだってしていない。

「…。」
「お前、ンな無口じゃねェだろ。」
「…うるさい。」

私が顔を背ければ、また鼻で小さく笑った。

「まァいい。ちょっと付き合えよ。」

土方はそう言って歩き出した。
私は仕方なく、それに付いていった。


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