15


通りゃんせ


カツカツと鳴る土方の足音が、街に響く。

「あー眠ィ。」

ようやく明け始める空の下には、私たちだけ。

「…。」
「眠ィったらねェなー。」
「…帰って寝ればどうですか。」

ポケットに手を入れて歩いていた彼が、私を振り返る。

私はそれに足を止めて、
また睨みつけるように「何ですか」と言った。

「お前、やっと喋ったな。」
「…。」

土方はフンと笑って、また歩き出した。
でもその歩幅は先ほどよりも広く、遅い。

「なァ、」
「…。」
「…お前、あれが初めてじゃなかっただろ。」

土方は前を向いたまま。
私はその後ろ姿を見ながら黙ったままでいた。

「あの状況からして、初めて斬ったのかと思ったけどよ。」

僅かに屈んで、煙草をつける。
右へと煙が伸びていく。

「今の状況からして、違うよなァ。」

それは私に投げかけたのか、土方の独り言なのか。

鋭い洞察力に、
私はさらに口を閉じた。

すると土方が振り返った。


「お前、何にビビってたんだ?」


その言葉に、
私は思わず目を見開いた。

それを土方が見逃すわけもなく、問い詰めるように距離を縮めた。

「"どうしよう"って、どういう意味だったんだ?」

目線を合わせようとする土方に、私は顔を背けた。

「…覚えてない。」
「あァ?」
「何も、覚えてない。」
「そりゃ嘘だな。」
「嘘じゃない!」

声を上げて向き直ると、
真っ直ぐな土方の眼に捕まった。

「嘘だよ、それ。」
"お前、嘘吐きだしな"

呆れたような顔で、煙と一緒に言い捨てられた。

グッと胸の奥で軋む。
傷ついた。
こんなことで、傷つく必要なんてないのに。

「…信じてもらえないんなら…それでいいです。」

辛うじて出た言葉は、随分と弱々しいものだった。
土方は私を見て、頭を掻いた。

「…分かんねェ。」
「…?」
「お前が分かんねェ。」

煙草を指に挟んで上を向き、
遊ぶようにふぅと吐いてみせた。

「噛みつくくせに、すぐ傷ついた顔を見せる。」

…。
この男、嫌だ。

「…ああ、そうか。」

観察力が、
洞察力が鋭すぎて。

「総悟と同じ、ドSか。」
"ガラスのハートだっつーしな"

どこまでが本心で、
どこからが網なのか分からない。

土方は顔をこちらに向け、「だろ?」と片眉を上げる。

「…それ、私のことですか。」
「お前以外に誰がいるんだよ。」

だけど、
どうしてだろう。

「やっぱり見る眼、ないですね。土方さんは。」

彼と話すことが、嫌いじゃない。

「私は、どっちかと言えばMですから。」
「嘘だな。」
「嘘じゃありません。」
「いーや、嘘だ。」
「そんなに嘘ばっかり吐きませんよ!」

そう口にして、ハッとした。
案の定、土方はニタりと笑っている。

「べっ別に今の言葉に意味は」
「今のが取り調べ中なら、これからお前は吐くまで拘束されるな。」
「っ、」

まさに自爆だ。
いや、誘爆だ。

「叩けば色んなもんが出そうだしなァ。」
「〜っ、うるさい!」

土方の背中を叩くように押して、前を向かせる。

「とっとと歩けば?!」
「くく、」
「笑うな!」

おかしい。
ひやっとすることを暴かれかけたのに、私の耳が熱い。

恥ずかしい。

おかしい。
何が恥ずかしいの?

「お前さ、」

土方は私に背中を押されながら、喉の奥で笑う。

「お前、やっぱMじゃねェよ。」

ちらりと後ろを振り返り、私を見た。
目が合った瞬間、頬と耳が熱くなる。


「ドMだろ。」


ああ。
私、やっぱり変だ。


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