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さんかく


1Lのイチゴ牛乳が、
坂田さんのコップにポタポタとだけ落ちるようになった頃。

「なーんか引っかかるんだよなァ。」

"刀を拾って聴取を受けて、
雇われていた屋敷で再会した"

端折って説明をした私に、
まるで土方のような細い眼を向ける。

「それだけで惚れるかねェ…。」
「ほ、惚れる?!何の話しですか?!」
「あれは完全に惚れてるでしょー。」
"金払ってでも囲うぐらいだからな"

坂田さんの話は、先ほどから飛躍し過ぎている。

これでは本当に、
土方が言った通りただの女子だ。

「特段大きなイベントがないとして惚れるとすれば…」

「一目惚れですよ、それ。」
「あれ?新八、もう来ちゃったの?」
「"来ちゃった"ってなんですか。もう十時ですよ、銀さん。」

眼鏡を掛けた少年が、
私を見て「いらっしゃい」と頭を下げた。

「珍しいですね、お客さんですか?」
「お、お客…?」
「あー違う違う。この子はなァ、聞いて驚けあの土方のおん」
「坂田さん!」

また余計なことを!

そう思って立ち上がった時、
丁度、私の前にあった机がガガガッと勢いよく動いた。

そのせいで、

「グハッ!!」

坂田さんの両脛に、机が強打してしまった。

「あっす、すみません。」
「や、やるな…紅涙ちゃん…。」
「銀さん、それなかなか経験できませんよ…。だって両脛ですからね。」

「朝から煩いアル。」
「あ。神楽ちゃん、おはよう。」
「おーう新八ィ。ちゃんと眼鏡洗ってきたアルか?」
「なんで眼鏡?!せめて顔じゃないの!?」

悶絶する坂田さんの背後から、
のろのろと眼を擦りながら女の子が出てきた。

服装はパジャマ。
これは…、
まさかさっき言ってた"スゲェお子ちゃま"?!

私は涙目でご飯の指示をする坂田さんに、こっそりと聞いた。

「坂田さんの、…お子さんですか?」
「あー?違ェよ。あ、そっか。言ってなかったな。」

そうして坂田さんから、
"土方から預けられた身寄りのない女"
という微妙な私の説明と共に、彼らの構成を説明してもらった。

「で、これが居候の神楽。」
「良きに計らうがヨロシよー。」
「すみません、紅涙さん。あ、僕が新八です。」

今時珍しい万事屋という仕事。

そう言えば…、
以前に高杉さまから聞いたことがあったな…。

江戸で万事屋してるヤツが…、なんだっけ…?

ただの噂話だったのかな?
でも高杉さまが噂話をするとは思えないし…。

…だめだ、
思い出せない。

それよりもまた、
鬼兵隊のこと…思い出しちゃった…。

「…はあ…。」

帰らなきゃ…だめだよね。

ちゃんと今夜の取引のこと…、
言わなきゃ…。

「ご飯欲しいアルか?」
「え…?」

お茶碗いっぱいに入れたご飯を片手に、私を見ている青い眼。

そう言えば…、
昨日から何も食べてない…。

罪なもので、
気付くとグゥとお腹は小さく鳴った。

だけど。

「頂いていいんで」
「こらこら神楽。コイツはいいの。」

健気な彼女の善意を受けようとした私を、坂田さんが消し去った。

「こいつは後で土方が飯に連れて行くんだってよ。」
「何ィィ?!それは本当アルか?!」
"私も仕方ないけど付いて行ってあげるネ"

ご飯を掻き込んで急ぐ彼女に、坂田さんが「バカ」と小突く。

「あーんな煙臭いヤツと食べなくても、もうすぐ俺たちだってイイもん食えるぜ?」
「どういうことネ?!」
「報酬だよ報酬。土方から報酬をた〜んまり頂くからな。」
「ひゃっほーい!!肉ネ、肉がいいアル!」

"もう肉の匂いがする"と神楽ちゃんはご飯を平らげる。

「あの、紅涙さん!」
「何ですか?」

僅かに身を乗り出している彼は、
どこか興奮気味に「もしかしてっ」と声を出した。

「それって土方さんとその…つ、付き…付き合って」
「違います!」

私はそれを斬り捨てる。

もう…。
どうしてここの人はすぐにそう考えるんだろう。

…それとも、私が変…?
まさかね。


それから三時間経った、十三時。

私は質問攻めと空腹から、机に向かって脱力していた。

彼らが言うには、
とにかく土方がこんなことをするのは異常だという。

尋常じゃなく異常、なんだそうだ。

そう言われても、
私だって分からない。

それに、
私が今考えなければいけないのは、どうやって戻るかだ。

「…。」

素直に報告、
することは出来ない。

土方を庇ったことは、絶対に言えない。

「どうして庇っちゃったんだろ…。」

はあ、と溜め息をついた時、

「悪ィー遅くなった。」

ガラガラと開く音とともに、土方の声が聞こえた。

「紅涙さん、土方さん来ましたよ。」

新八君が呼んでくれて、
私は少し緊張しながら「はい」と立ちあがった。

だけどよく考えれば、

「…。」

何だか恥ずかしい。

まるで迎えに来てもらったような。
私が心待ちにしてたような。

…。
どんな顔して、出ればいいんだろう。

少なからず、
私は嫌々でここに入れられたんだから。

とりあえず…、
行かなきゃ…話にならないし。

「…。」
「何だよ、その不貞腐れた顔。」

土方は私の顔を見て笑った。

「そんなに腹減ってたのか。」
「ちっ違う。」
「何食いたい?」
「べ、別に…ない。」
「じゃあ俺の馴染みンとこな。」

何でだろう、
うまくいかない。

土方の前では、
こんな風に余裕のないことが多い。

鬼兵隊では自分で思うほど落ち着いてたのに。

ああ…、
また子さんと話したいなぁ…。


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