18


暮れる


俺の馴染みの店に、
"女"を連れて行ったのはこれで二回目。

一回目は、
…近藤さんも総悟もいたし。

親父も気になるようで、聞きたそうな眼をしていた。

「うえ。」
「テメェ今、舌出しただろ!」
「まさかまさか。」

紅涙は変な女だ。
思い返せるだけでも、どれも全てが違う。

俺の会ったこいつは、
どれもこの紅涙なのに、どれも違う。

「夜は私が食べたい物を考えておきます。」
「おう。」
「…あんなの、もう見せられちゃ堪りませんから。」
「あァ?」
「いえいえ、何も。」

のれんを出た紅涙が「ご馳走様でした」と頭を下げる。

俺はそれに「おう」とだけ返事をして煙草に火を点けた。

「土方…さんはヘビースモーカーですね。」

その声に顔を向ければ、
紅涙が僅かに眉間を寄せて煙草を見ている。

「まァな。」
「…。」
「なんだ。まさか小言でも言うつもりか?」

煙草を見たまま、
口を閉じた紅涙に声を掛ければ、ゆっくりと俺に目を合わせた。

「いいえ、言っても止めないでしょうしね。」
"分かってても止められないんでしょう?"

…その言い方は、

「思い当たんのか?」
「え?」

紅涙が過去に、
同じような状況に合ってる言い方だ。


「お前の言い方。誰かに言ったことがある言い方だったから。」


…何言ってんだ、俺。

ウゼェ。
発言がウゼェな。

そんな俺に、紅涙は笑って「えぇ」と頷く。

「その人は煙管なんですけどね。」
"煙で部屋が真っ白になってたりするんですよ"

紅涙の眼は、その"誰か"に向かって微笑む。

「たまに鉢の中で燻ったままの灰とかがあって…」

煙管、か。
随分と粋なこった。

遊郭かその辺絡みか?

いや、
こいつにそんな擦れた感じはねェし…。

「…ちょっと。」
「あァ?」
「聞いてました?私の話。」
「…あァ聞いてた聞いてた。」

しまった。
詮索し過ぎて、紅涙の話を聞いてなかった。

俺は適当に、
「やっぱ止められねェよな」と言うと、「聞いてないし!」と噛みつかれた。

こうやって会話からじゃなく、
紅涙のことをもっとちゃんと、聞かなければならない。

"俺"としてではなく、副長として。

こいつの行動は、
…あまりにも黒い。

どうして呉服屋に居た?
女嫌いな主人の用心棒だったとは考えられない。

どうして刀を持っていた?
俺が預かっている刀とは別に、新たに調達した理由は何だ。

どうして銃を撃つ相手に斬り掛かれた?
ずっと様子を見ていたってことだ。
それに加え、撃つ前に斬りかかれる速さと技量。


「土方さんって、いつも眉間に皺寄ってますよね。」

紅涙は俺の顔を見て、真似るように皺を寄せた。

「眉間の皺って"頑固者の皺"って言うんですよ。」

"そのままですね"と紅涙は笑う。

普通だ、
普通の女だ。

その辺で歩いてる女だ。

なのにどうしてお前は、

「…紅涙、」
「何ですか?」

"普通"じゃないんだ。

「…、」
「土方さん?」

なのにどうして俺は、

「…いや、」
「?」
「何でもねェ。」

聞けないんだろう。

"黒い"のなら、
それを黒だと突き止めなければならない。

中に白があるのなら、それで全てが済む話だ。

「…。」
「どうしました?」

わだかまる、というのか。
心臓の下の方で、もやもやとする。

「…気持ち悪ィ。」

そう口にすれば、

「あんなの食べたからですよ!」

ケタケタと紅涙は笑う。

「…。」
「…え、本当に気分悪いんですか?」
「…いや…。」
「さっきからそればっかりですよ!」

いっそ、
そんな風に笑わなければいいのに。

お前なんかに似合わないその刀も、やめてしまえばいい。

「とりあえず戻りましょうか。」
"土方さんもお昼休み終わっちゃうでしょうし"

どうしてまた出会ったんだろう。

あの場で、
終わったはずだったのに。

「それじゃあ、また夜に。」
「…あァ。」

万事屋に戻る紅涙の背中を見ながら、何度目かの溜め息をついた。


坂田のところへ頼んだのは、
呉服屋でのことが気に掛かってたから。

紅涙は俺を庇うために、呉服屋の腕を落とした。

"どうしよう"と呟いて青い顔してたのも、
斬った罪悪感で自身を見失い兼ねないと思っていたから。

そう考えながら、
あの呉服屋の前で煙草を吸っていた。

自分に理由をつけながら、
そうしてやればあいつのためにもなるだろうって。

だが会った紅涙は、けろりとしていた。

キレた様子もない。
至って普通だ。

疑念は、
確信に変わった。

いくつも行動の黒さが頭に浮かぶ。

「俺は、…どうしたいんだ。」

このままでいいはずがない。

だが、
これを明るみに出すつもりはない。

俺で片づけられるのなら、俺だけの力で。

「…片づける、か。」

どうして。
どうして俺は、失くしたくないんだろう。

どうして、


「…紅涙…、」


紅涙なんだろう。


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