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時が、止まった。

「真選組を、消せ。」

高杉さまは私を見て、口元を吊り上げる。

「別にお前一人で壊滅しろとは言わねェさ。」

この人は…、

「頭が潰れればいい。」

この人は、
やはり知っているの…?

「あ、たま…?」

何とか口にした時、
私の声はとても細くて。

ハッとした私は、
気を誤魔化すように腰元の刀を握りしめた。

「頭と言っても近藤じゃねェ。」
"動かしてねェからな"

高杉さまは先ほど河上さんから渡った紙を見る。

「こいつを消せば、力で捻じ伏せるのが楽になる。」
"路頭に迷う滑稽な姿も見られるだろうさ"

その小さな紙を見て、愉快だと笑う。

そしてそれを、
私に向けて「三日以内に、」と言った。

決して明るくはない。

それでも月の光は、
十分過ぎるほど、それを照らし、


「三日以内に、土方十四郎を殺せ。」


私の首を、締めた。

「重要な仕事だ、紅涙。」
「…。」
「お前には大き過ぎるほどに。」

とうとう高杉さまは声を出して笑った。

彼がこれほどまで楽しそうに笑ったところを見たことはない。

土方を、殺す…。
鬼兵隊の、敵だから。

当然だ。
私の中でも、つい先日まで十分考えていたこと。

なのに、
なのにどうして今は…、

「どうした紅涙、そんなに不安か?」

今はそれが、
嫌で、嫌で仕方ない。

「それとも"出来ねェ"などと吐くつもりか?」

また、土方に会うのか。

それも、
今度は殺すために。

巻き込みたくないと足掻くのには、あまりにも遅すぎた。

殺したく、ない。
殺したくなんて、ない。

もっと突き放せばよかった。
嫌われるような態度を取って、離れればよかった。

「…。」

…それでも、出来なかった。

土方を、知りたかった。
彼の声を聞きたかった。

少しでもいいから、

一緒に、いたい
そう、思ってしまった。

「どうなんだ、紅涙。」

失わないために、手放したはずだった。

「…、…る。」
「聞こえない。」

失わないために、守ったつもりだった。

「……でき、る。」

だけどそれは、どれも間違いで。


「…出来る、…出来ます。」

失うために、
私は彼を知ってしまったんだ。

「紅涙…、」

また子さんの声は、優しかった。

どんな思いで、
私の名前を呼んでくれたのかは分からなかったけど、泣きそうになった。

「お前が戻るための条件はそれだけだ。」

高杉さまは、さも簡単と言う口ぶりで話す。

手が震える。
息をする隙間が、細い。

「やるっつったわりには随分と心配な様子じゃねーか。」

皮肉るような声に、河上さんが口を開く。

「晋助、きっとあれは武者震いでござろう。」
「ククク。頼もしいこったな。」

高杉さまは「だが」と付け足した。

「お前だけでは力量不足もあり得る。」

そう言うと、
何かがザリッと砂利の上を滑ってきた。

足元まで来たそれを拾う。

「その携帯で、遂行日を連絡しろ。」

使い捨ての、
電話しか出来ない携帯。

背面に見覚えのある大きな字で"紅涙用!"と書かれている。

「やる場所を伝えろ。一部隊をお前にやる。」

それはつまり、

「私だけでは…ないんですか?」

一人ではないということ。

「当然だ。変な気を起こされても困るしな。」

高杉さまは吐き捨てるように笑う。

「お前が使わなければそれまでの話だ。だがそれは現地での話。」

煙管の煙が、風に乗って私の方へ流れる。

「万が一、お前が遂行しなかった場合はその部隊全員を殺す。」

部隊、全員を…?

「どう、して…、」
「決まってるだろ?部隊長になるんだよ、お前は。」
"それだけの命を預かってるってことだ"

…つまり、
私が逃げるような真似をすれば、彼らにあるのは死。

「ああ、そうだ。」

高杉さまは思い出したように付け加える。

「その時に出す部隊は、今そこらで動いてるやつらだ。」

顎で差されて目にすれば、
少し離れた場所で小さく頭を下げた人影がある。

みんな、顔見知りの鬼兵隊士だ。

「目にしておいた方が、お前のためだと思ってな。」

くくと笑った高杉さまの真意は、もう分からない。

でも確実に、
今日人数が多かったのは、私に見せるためだったんだ。


「お前の天秤が狂ってないことを祈るぜ。」


私の命、
…土方の命。
そして、彼ら十数人の命。

私が守らなければいけないのは、何?

「全てを終わらせて、早く戻ってこいよ紅涙。」

見下げるように向けられた視線は、感情の欠片もない。

すぐにその口元はつり上がり、

「お前の報告、楽しみにしている。」

そう言って、彼は私に背を向けた。
続いて河上さんも去る。

また子さんは私を見たまま、足を動かさなかった。

「…紅涙、…、」
「…ごめんね、また子さん。」
"面倒なこと、しちゃったね"

苦笑すれば、また子さんはキュッと眉を寄せた。

「ほんとに…本当に面倒なことしやがって!」
「…うん。」
「アンタがいないと仕事増えるし!」
「…うん、ごめん。」
「ほんと…、…一日が、…長いんだから…。」

また子さんの眼が、きらきら光る。

「また子さん…、」
「その"さん"付けも、…いい加減やめてよね…。」

私の、守りたいモノ。

「次に…会った時は、やめるのよ?分かった?!」
「…うん、分かった。」

大切な、もの。
失くしたく、ないもの。

「…早く、戻って来なよ。…バカ紅涙。」

遠ざかる彼女の背中。
私は携帯に書かれた"紅涙用"の文字に触れた。

「…。」

二年前、
仲間を失くしたあの夜に、

「っ、」

あの日に枯れたと思っていた涙を、流した。


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