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硝子


「こんなのでいいんですか?見回りって。」

私には、
ただ歩いている様にしか見えない土方の行動。

土方は「失礼なヤツだな」と失笑する。

「ちゃんと様子見てるっつーの。」
"お前には分かんねーだろうけど"

「それに、」と続けて、煙草を指に挟む。

「俺らが歩いてるだけでも抑止力になるからな。」

ふうと吐く煙。

「歩き煙草って、犯罪だったような…」
「いやいやいや江戸は違ェだろ。違う違う絶対違う。」

恐ろしいほど全く聞く耳を持たない彼に思わず笑ってしまった。

「土方さんって、よく分からない人ですよね。」

ほんと、
不思議な人だ。

「何だよ、その"よく分からない人"ってのは。」

"良い意味だろーなァ?"と片眉を上げる。

「厳しそうで、恐そうで、扱いにくそう。」
「はァ?普通だろフツー。」

頭の回転が速くて、
いつも一歩先を想定して動く。

それを、
私は後で気付く。

…全部、
私のため、だったんだって。

「でもどこか抜けてて。」
「抜けてねェし!」

始まりも、
いきなり私を"記憶障害の女"って決めつけちゃうし。

でもそれがなかったら、
私はこうして、土方の横を歩いていない。

でも。
それがなかったら私は…、

私は、
…あなたを殺すこともなかったのに。

「…出会いって、不思議ですよね…。」
「はァ?!おまっ、俺の話してたんじゃねーの?!」

私に呆れる土方を、私が笑う。
いずれ土方も笑う。

行き交う人。
笑い声や話し声でいっぱいの街。

温かい、日常。
暖かい、時間。

そんな中に、
私だけ、真っ黒な存在。

こんな場所に似合わない、私がいる気がする。

「…ねぇ、土方さん、」
「ん?」
「"あらしのよるに"って知ってますか?」

土方は不思議そうな顔をして私を見る。
だけどすぐに「あー知ってる」と頷いた。

「狼とヤギか何かの童話だろ?」
「まぁそんな感じです。」
「お前…、適当だな。」

私は土方より少し先を歩いた。

「激しい雷雨の日にヤギと狼が小屋の中で会うんです。」
「あーそうだな。」
「本当は出会ってはいけない二匹なんです。」
「知ってるって。」
「でも姿を知らないがゆえ、楽しく話して。」
「…、」

大通りを歩いて、路地を曲がる。
土方はそれに文句を言わず、同じように歩いた。

「翌日、互いを知ることになっても、」
「…。」
「彼らは大切な存在になってしまっていた。」
「…、…何が言いたい。」

少し不機嫌になった土方に振り返り、私は「別に。」と笑った。

「ただ、…最後はどうなったんだっけと思いまして。」

また前を向いて、
路地をさらに曲がり、私は歩く。

「よく、思い出せないんですよね。」
"色んな最後を聞いて"

土方は私の隣に来て、
「俺が知ってるのは」と思い返しながら新しい煙草に火を点けた。

「確か、ヤギを庇って狼が死んだ。」
「私が知ってるのは、ヤギと一緒に逃げて二匹は死んだ。」

隣から流れてくる煙。

風に混じって、
薄くなったその匂いに、少しだけ目を瞑った。

「どっちのも、…切ないですね。」
「ああ。」

相反するもの。

正と負。
表と、裏。

土方と、私。

「ただ、…楽しかっただけなのに。」
「…そうだな。」

痛い。
やっぱり、痛い。

胸の辺り。
浅く、手の届きそうな場所。

「ただ…、一緒に…いたかっただけなのに。」

辛い。
なのに、愛おしい。

…ああ、
そうか。

私は彼が、
土方のことが、

好きなんだ。

「…土方さん、」

それでも、
この気持ちは必要ないよね。

気付いても、
気付かなかったふりをしていても。

明日にはもう、必要のない気持ちだ。

「…あの場所、覚えてますか?」

私は彼の横で指を差す。

その先は、

「ああ、覚えてる。」
"俺とお前が、会った場所だ"

私が全てを失くした場所。
それと同時に"私"を得た場所。

そして、

あなたに出逢った場所。

「私のこと、…少し話してもいいですか?」

話せることを、話しておきたい。

私を知ってほしい、なんて。

そんなことは、
口が裂けても言えないけど。

「土方さんに、…聞いてほしいんです。」

明日を迎えて、
明日が終わる時。

「あの場所で、私が失ったものを。」

私の中に、
何も残したくないから。


Respect for...
「あらしのよるに」




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