25


心の理


明るいこの時間でも、まるでここだけ別世界。

「…私は、」

色褪せた場所は、
誰も寄せ付けない空気を漂わせている。

「…私はここで、仲間を失いました。」

朽ちた屋敷の木。
触れればザラりとする感触は乾燥した状態を伝える。

「"仲間"…?お前…まさか…、ここに居たのか?」

私は土方に頷く。

「ここでずっと、皆と一緒だった。」

草の生える石段に座り、
懐かしむように目を閉じた。

「ずっと、…ずっとそうして生きていくんだと思ってた。」

終わりなんて考えたことのない時間。

今思えば、
それが永遠だったんだと思う。

「遣いを頼まれて、私がここから離れた僅かな時間。」

本当に僅かな、
それほどに短い時間。

「帰った時には、もう…、…皆は殺されていた。」

残っていたのは、
積み重なった亡骸と血溜まり。

「一瞬で、私だけに…、独りになった…。」

俯いた時、
土方の足先が視界に入った。

同じように私の隣に腰を掛ける。

「それ、誰がやったのか分かんねェのか?」

私は顔を横に振る。

「何も…。」
「…そうか。」
「ただ…血溜まりが一か所にしかなかったから、相当な腕だと思った。」

土方は「そうだな」と言った。

「だが、紅涙。」
「ん…、」
「俺達がここに入った時、お前は居なかった。」
「…。」
「血の凝固時間から考えて、事が起こってからそう経ってなかったはずだ。」

確かに、
高杉さまと話していると真選組が来た。

「なのにお前はどこに居た?」
「私、は…、…。」
「それにあれは二年も前だ。二年間、お前はどうしてたんだ。」

ここからの始まりは、全て高杉さまだ。

「…ある人に、…助けて貰いました。」
"生きる術を、教えてもらった"

私は自分の刀に触れた。
土方は眉間に皺を寄せた。

「ある人って誰だ。男か?」
「…言いたくない。」
「何で言いたくねェんだよ。」
「何で言わなきゃいけないんですか。」
「嫉妬に決まってんだろーが。」

…え?
私が顔を上げると、真っ黒な目にぶつかる。

「今さらお前をどうこうする気なんざねェよ。」

貫く視線。


「俺は…"俺"として、…お前と話してきたつもりだ。」


土方…。


「本当はもっと…知りてェ。」


私を見ていた眼は、
土方自身の手の平へと移される。

「お前がここに居たってことだって、…それなりに驚いてる。」

ギュっと手を握りしめて、「だがよ、」と土方は続けた。

「今やっと知れたお前のことなのに、全然知った気がしねェ。」

小さな風が、黒い髪を揺らす。

「…紅涙、」

ゆっくりと、
私の方へと視線を戻した。

僅かに寄った眉間は、
苦しそうにも、悲しそうにも見えた。

「もっと、…話せよ。」

揺れる瞳は、
まるで夜のようで。

同じ黒のあの人が、私の中で笑った。

「俺は、…お前を知りたい。」
「…土方、さん…、」
「知って、全部受け入れる。」

"受け入れる"…、

…土方、

ごめんね。
…ありがとう。

だけどきっとそれは、

「…簡単に、言わないで。」

…出来ないよ。

「紅涙、」
「嘘だよ、…そんなの。」

偽善ではないと思う。

土方は、
本当にそう思ってくれている。

でもね、
…でも、

「受け入れられないことだって…あるよ。」

土方の場所と私の場所は、違うの。

「どうしようもないことだって、…あるんだよ。」

全てを捨てて、なんて。
そんなお伽話のようなことは、出来ない。

逃げようのない、
変えようのないことだって、あるんだ。

「…ねェよ。」

土方は低く呟いて、
私を睨みつけるようにして見た。


「どうにも出来ねーことなんて、ねェよ。」


…どうして…、

「なんでそんな言い方す」
「俺がする。」
「…、え…?」

いつの間にか俯いていた顔を上げれば、


「俺が、どうにかする。」


まるで、
絶対だと言ってるように彼は言った。

私はそれを、

「…、」

小さく笑った。
笑ったはずだ。

「…馬鹿じゃないの…?」

自分がどんな顔をしているのか分からない。

考える余裕は、
とうとう無くなった。

「自分を神様か何かと勘違いしてるわけ?」

私は吐き捨てるように笑い、顔を背けた。

だけどそれを許さないように、土方が私の腕を掴んだ。

「どうにかするっつってんだろ。」
「…、…ほんと、馬鹿。」

土方はいつまでも真剣で。


「諦めて俺にどうにかされろ。」
"だから吐け、お前の抱えてるもんを"


この人に、
手を伸ばしてもいいんじゃないだろうか。

今の私を、
この男なら変えてくれるんじゃないだろうか。

「紅涙、」

そんな風にさえ、思えた。

「…、」
「俺を、信じろ。」

痛いほど握り締められている腕。
私はそれにゆっくりと目をやって、

「…今夜、」

ぽつりと呟いた。

「今夜、…0時。…ここに来て。」

強く握り締める土方の手。

この瞬間だけは、
私たちは確実に繋がっている。

温もりは分からなくても。

確かにこれは、
きっと幸福感だ。

「"0時"?」
「その時、…全部、教える。」

土方の眼は見れない。
見れるはずがない。

「私のこと、…全部…教えるから。」
「…、…分かった。」

私を掴んでいた力が緩む。

その手を追うように見ていれば、いつの間にか土方が視界にあった。

彼は私を見て、
まるで宥めるように笑った。


「楽しみにしてる。」


本当に…、

…、


…馬鹿な人。


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