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息をするということ


土方とその場所を出た時は丁度お昼だった。

だけど私は「買い物を頼まれてるので」と断った。

土方は特に気にする様子もなく「そうか」と返事をして、

「じゃァまた夜に。」

口元に浅く笑みを浮かばせる。
私は「はい」と返事をして、同じように笑みを作った。

背を向けて、
互いに違う方向へ歩く。

極自然なことなのに、違和感があった。

身体の中が、
ザワついて仕方がない。

私は足を止めて、恐る恐る振り返った。

「…、」

だけどそこには、
ただ行き交う人が目に映るだけ。

「…誰に、…居てほしかったんだろう…。」

自問して、私はまた前を向く。

終わりが、見える。
私の歩くこの道に。

「…。」

仕舞っていた携帯を取り出す。

登録してある番号は、たった一つ。
それがどこに繋がっているのかは、考えなかった。

---プルル…

数回のコールの後、『よォ』と声が聞こえた。

「…遂行日の、報告です。」

私の言葉に、
小さく笑う高杉さまの息が聞こえた。

『いつだ。』
「…今夜、0時です。」
『それはまた急な話だな。』
「申し訳ありません。」

淡々とした自分の口調に驚いた。

単調な声。
起伏のない音。

『で?どこでやるつもりなんだ。』
「…、…あの屋敷を予定しています。」

指定した場所に興味を持ったのか、高杉さまは『ほう』と静かになる。

あの場所は、
私にとって特別な場所。

それを、
こんなことに使うのが興味の種なのかもしれない。

だけど、
"場所"と言われた時、

私はここしか浮かばなかった。

「…問題ありませんか?」
『あそこは隠れ場所も多い。なかなかいい選択だ。』

仲間といた楽しい時間。
想い出ばかりの、永遠。

あの場所は、大切な場所。

『23時、そこに部隊を待機させる。』
「…はい。」
『策があるなら、その時に伝えろ。』
「分かりました。」

そんな場所で、
私は土方を手に掛ける。

大切な場所だからこそ、…なんて言うのは綺麗事だ。

それでも。
彼と終わるのは、

あの場所しかないと思った。

『ああそうだ、紅涙。』

思い出したようには聞こえない声。


『お前に言い忘れてたよ、報酬のこと。』


報酬…?

「何の、話しですか?」
『鬼兵隊にとっても大きな一歩を成すんだ、報酬ぐらい必要だろ?』

きっと彼は今、
口の端を吊り上げて、薄ら笑みを浮かべている。

目の前に居るかのように、高杉さまの顔が見える。

「…ありがとう、ございます。」
『クク、浮かねェ返事だな。』
「そんなことは…、」
『まァ報酬を聞けば、お前の力になるだろーよ。』

勿体ぶる言い方に、
私は「どういうことですか?」と聞いた。


『お前の報酬は"あの日の夜"だ。』


あの日の、夜…?


『お前の知らない時間を教えてやる。』


何のことを言っているのか、頭の中を必死に探す。

『俺たちだけが持っている情報だ。』

それはとても甘美なもののよう。

"あの日の夜"
"私の知らない時間"

…まさか、
まさか、あの夜のこと…?

全てを失った、あの夜?

でも…、
でもどれだけ探しても、
今まで何一つ見つからなかったのに…。

「…、」
『なんだ、まだ分からねェのか。』
"存外、価値がないのか"

クククと笑う声で、
彼を満たしている様子がよく分かる。


『お前が仲間を失った夜の情報が、報酬だ。』


それが報酬だと言われた時、私は手が震えた。

もう見つからないと、
どこかで未完成のまま完結した話。

そんな風に思っていたことが、一瞬で動き出す可能性を秘めた。

『どうだ、紅涙。』
"報酬の価値はあるか?"

私はその質問に、間を空けずに答えた。

「これ以上ない報酬です。」

これほど嬉しいことはあるだろうか。
これほど嬉しかったことは、過去に思い当たらない。

…だけど、
それを私が手にするのは、

『それを得るためにも、必ず結果を残せ。』

全てが、
終わった時なんだ。

「…、…はい、」

私の出来る返事は、一つしかない。
なのにそれを分かっていて、高杉さまはわざと間をつくる。

『ククク…、いい報告を期待してる。』

そう言って切れた電話。
私はそれを耳から離して、どこかぼんやりした頭のまま空を見上げた。


「…よく、晴れてる。」


今日は、
きっと星の綺麗な夜だろう。


「みんな…、見てるのかな。」


みんなの眼から見る私は、どんな風に映っているんだろう。

「ごめん、みんな。…場所、貸してね。」

天井のない空に目を細めた時、ふと思い出した。

「あ。土方に、聞くの忘れちゃった。」

みんなが殺された夜、
どうして真選組が来たのか。

騒ぎを聞きつけて…?
野次馬も居なかったのに…?

それに何より、
救急車じゃなく、彼ら真選組が来たことが気になる。

もしかして真選組は、
なにか別件で駆け付けたのではないのか。

「…夜、聞こうかな。」

ひとり、そう口にして。

「聞けるのかな。」

ひとり、苦笑する。

「…あと、少しだ。」

あと、少し。
この手で彼を斬り、元に戻るまで。

「元に、戻る、…。」

何度も立ち止まる足。
何度も過るわだかまり。

「…私、生きるよ。」

たとえ、
私の生が誰かの上にあるものでも。

「もう、時間はないから。」

留まる時間は、

あまりも少ないから。


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