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コンフリクト


紅涙が、初めて自分のことを話した。

あの屋敷にいて、
あいつらの生き残りだった。

話した時間は僅かで、内容も薄く浅い。

だがそれは、
屯所に持ち帰ると大きな意味を持つ。

「…二年前が、…動く。」

動かすかどうかは、俺の声に掛かってる。

これを言わなければ、
あの夜は、この先も凍結したまま。

もし俺が口を開けば、
あの夜は、紅涙を軸に回ることになる。

「あいつにとって、…辛い記憶のはず。」

動かせる、はずがない。

「…、…はあ…、」

この想いが"何"か、
周りから何度追及されても答えを出さなかった。

気になってる、
いや、気に掛かってる。

その程度で、俺は自身を納得させていた。

だけど、


『信じてますから、土方さんのこと。』


そう言い残して、
俺に追い掛けるなと言った夜。

一度は戻っているかと思った万事屋のところにすら戻っていなくて。

「心当たりはねェのか坂田!」
「あるわけねーだろうが。昨日に預けてった誰かさんが一番知ってんじゃねーの?」

俺たちは罵り合いに近い口論をして、

「あーもういい!探してくる!」

こいつと話しててもキリがねェと俺が立ち上がった時、

「お前さー、ちょっと待ってみれば?」

坂田が鼻につくほど冷静に言った。

「紅涙ちゃんはお前に何て言ったんだよ。」

紅涙が言った"信じている"という言葉が頭に響く。

「ンな心配しなくても、そう言ったからには戻ってくるって。」

坂田は他人事だから、こうやって冷静に居れるんだ。

立場が逆なら、
きっと俺も同じことを言う。

…そうか、
つまりはコイツ、妥当な判断だということか。

「…くそっ。」

俺はまた座り直す。
落ち着きのない気持ちを誤魔化すように、煙草に火を点けた。

「…なァ土方。」
「ンだよ。」
「あの子のこと、どう思ってんの?」
「…はァ?」

こんな緊急事態に、何を女子みてェなこと…。

そう思って、
俺は坂田の話を無視した。

「おいおい、大事なことなんだって。」
「お前にとってだろ。」
「違ェよ。…結構、マジな話のつもり。」

坂田の珍しい声色に目を向けた。

そいつの顔は、
真剣な表情というよりは、深刻な表情に近くて。

「…。」

俺は、
迷うように目を逸らした。

「分かってんだろ?お前も。」
"自分がどうしてそんな心配してんのか"

俺と紅涙は、
確実な何かがあるわけじゃない。

俺たちの間には、確証がない。

もし黙ってあいつがどこかに行ったとしても、

俺には関係のないことで、
俺にはどうしようもないこと。

…それでも。

あの手を離したことが、
腹立たしくて、仕方がない。

「…確かに、」

…そう、俺は。

「他の女にも同じかっつーのは無理な言い訳だよな。」

紅涙を、特別だと思っている。

それと同時に、

紅涙にとっても、
俺が特別になれてるんじゃないかと驕っていた。

だから、
いなくなった今、

不安で、心配で、
歯がゆくて。

本当に何もなかったんだと気付いて、

虚しい。

「お前が分かってんならいいんだ。」

坂田は少し下を向いて、


「ただあの子は、…ちゃんと繋ぎとめておいた方がいい。」


銀色の髪を、小さく揺らした。

「…どういう意味だ。」
「今、紅涙ちゃんはふらふら…、違うな。ふわふわしてんだよ。」

ただの世話焼きな発言とは思えない。
握り締めているその拳は、どんどん色が白くなる。

「自分の信じてるもんと、新しく出来た大事なもんの間で悩んでる。」

まるで自分のことのように苦しそうな坂田は、

「答えはお前が出すことじゃねェし、紅涙ちゃんにしか出来ない。」

確実に、
俺の知らない紅涙を知っている。

「坂田、お前…紅涙のこと何か知ってんのか?」

違う、
知っている。

こいつは、紅涙の何かを。

坂田は「いや?」と自嘲するように笑って、


「ただ…何か似てんだよ、あの子。」
"昔の俺に"


握り締めていた拳を開いた。

坂田が何を知っているのか、
本当は詰め寄ってでも聞きたいけど、

こいつから聞くのは違うから。

俺はただ、
「そうかよ」と煙と一緒に吐いた。

坂田は「俺が思うに、」とゆっくりと顔を上げる。

そしてあの腑抜けとは違う眼で、


「このままだとお前らの道は一生交わらない。」


真っ直ぐに、俺を見た。

まともに聞けない今、
俺が出来るのはこいつが言おうとしている真意を掴むしかない。

"一生、交わらない"

言い切れるほど、
俺と紅涙の道が違うということか。

どう違う?
どうして言い切れる?


「せめてお前が、寄ってやれ。」


まるで坂田は、
"助けてやってくれ"と懇願しているようで。

「紅涙ちゃんには、…事情があるみてェだしよ。」

俺はその光景に、
眉をひそめることしか出来なかった。

「お前が出来ること、してやった方がいい。」

俺が、出来ること?

「あんのか?…俺に。」
「あるだろうさ。いや…お前にしか、きっと出来ない。」

坂田は「俺にも分からねェけど」と苦笑する。
その苦い顔だけを残して、「ただ、」と続けた。

「在り来たりな言葉だが、失ってからじゃ…遅ェんだ。」

"失うつもりはねェよ"

そう言い返そうと喉を通った言葉は、声にならなかった。


坂田の言うことは、痛いほど分かってる。

俺はいつだって、
失ってから、気付いてきたから。


だから俺は、
その手を、掴むよ。

今度は、絶対に離さない。


たとえそれが、
紅涙の言うような、
"どうしようもないこと"だったとしても。

「…引き返すには、もう遅過ぎるだろ。」

俺の行動も、
俺の気持ちも。

何もかも、今さらだから。

俺はあの手を、
今度こそ、


離さない。


「…さてと。」

ただ燃え続ける煙が目に染みて、促されるように時計を見た。

「時間、経つの早ェな。」

煙草を灰皿に押しつけて、立ち上がる。

上着を着て、
自分の刀を手に取った時、

「…これ、」

ずっと前に預かったままだった、一本の刀が目に入った。

「…絶対あいつのだよな。」

紅涙は"拾った"とか言ってたけど。
屋敷の連中は、全員帯刀してやがったしな。

「持ってってやるか。」

あの時を思い出し、小さく笑う。

掴んだ刀は、
随分と細く感じた。

あと少しで、約束の0時。

屯所に戻ってくる時、
俺たちは何か変わっているんだろうか。


そう思うと、

ガキみてェに胸が高鳴った。


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