29


影踏み


明かりもなく、音もない。
ただもう今は朽ちたその屋敷の前に立つと、

「…ご苦労さま、…みんな。」

端々から、たくさんの影が窺えた。

その内の数人が、
私の前に立って頭を下げた。

「辺りを確認しておきました。」

そう言って手渡されたのは配置図。

「すごいね…、仕事が早い。」
「いえ…ただ少しでも、お力になれればと。」

厳しい顔で淡々と話していた彼が初めて破顔した。

「早く、帰って来て頂きたいので。」

困ったように笑うその表情に、私は言葉がつまった。

「我々の策を聞いて頂けますか?」
「…うん。」

守りたい、
失いたくない。

そう思うものが、多すぎる。

どうして、
こんなに私は欲深いんだろう。

叶えるだけの、力もないのに。

「相手はあの鬼の副長です。もしかしたら何か勘付いているやもしれません。」

彼はこれからの考えを話していく。

「仲間を連れて来ている場合も考えられます。」
"裏を見ておかれた方がいいかと"

そう言われて、
私の中にある土方を思い返す。

確かに、彼は鋭い。

それに、
よほど呑気な考えをしない限り、
こんな時間に、こんな場所へ呼び出すのは気に掛かっているはず。

それがこうして私以外に誰かいるとまでは考えないだろうけど。

「…そうだね。」
「周辺の監視は配置していますが、ここにも固めておきます。」

渡された配置図を指さす。
ちょうど、この屋敷の入り口にある茂み。

「対象はこの屋敷に入ってまずあなたを見る。」

すっと指された場所は、この屋敷の真ん前。

私がそこに立ち、
中央へ歩くまで土方を迎えるという。

「二言程度、あなたと話す。」
「…。」
「気が緩むその隙に、我々が対象の背面から仕掛けます。」

ああ…、

「もちろん抵抗も想定内です。ですがそれも長くはない。」
"私共の力はそう温くはないのですから"

ああ…完璧だ。

「とは言え、我々は仕留めません。」
"あなたが頃合いを見て、とどめを"

きっと、完遂できる。

「万が一、私共が不利な立場にあろうとも、」

きっと、
私は鬼兵隊に戻れる。


「あなたはどうか、我々を気にせず遂行してください。」


私を支えてくれる皆のためにも、
これを絶対のものにしなければいけない。

「…仕留めるよ、必ず。」
"一緒に、帰ろう"

彼らに笑えば、
一瞬驚いた顔をして、

「全力で、支援いたします。」

どこか、悲しそうに笑んだ気がした。

「一つだけ、いい?」
「何でしょうか。」
「…土方に、聞きたいことがあるの。」

あの夜、
ここに駆けつけた訳。

「それを聞いてから、…始めてもいいかな。」
「分かりました。それなら、あなたの指示で背面より動きましょう。」

そう言って、
彼は「何か合図が必要だ」と思案した。

「あちらからでは会話は全く聞き取れませんので…。」

だから私は、

「用が済んだら、私が…撃つよ。」

そう提案した。

「"撃つ"…とは?」
「私が、…土方を撃つ。」

それには彼らも言葉を失って、困ったように笑った。

「もう仕留めてしまわれますか。」

今度は私が彼に困ったように笑う。

「そのつもりで撃つけど、…きっと、かわされる。」
「そうですね、十分に考えられる。」
「でも傷は負わせることが出来ると思うから。」

その言葉に、彼は頷く。

「それを機に我々は動きましょう。」

私はそれに頷いた。

「ですがよろしいのですか?部隊長でもあるあなたがそのようなことを…、」

確かに、
私がそこで傷を負ったり、動けなくなることは許されない。

危ない橋、と言えばそこまでだが、

「…大丈夫。私を信じて。」

土方にしか知り得ない話。
聞かなきゃいけない。

この機会が、
…最後になるから。

「分かりました。どうかお気をつけて。」

彼らが深く頭を下げる。

その内の一人が、

「…ああ、そうでした。」

思い出したように懐から何かを探しだす。

「これ、また子さんが渡してくれって。」

差し出されたのは、三発の弾丸。

「なんでも取って置きらしくて。」
"使ってくれと"

また子さんの顔が浮かぶ。

顔を背けて、
"世話がやける"とか"仕方なく"なんて言ってる気がする。

「…ありがとう。」
"これで、合図するよ"

私はそれを受け取って、
彼女から貰った銃に、その弾をつめた。

「…それじゃあ、配置に。」

もうすぐ、始まる。

彼らは予定通りの場所へ散り、
私は屋敷内部へ繋がる、草の生えた石段に腰を下ろした。

土方と話した夜、
一緒に座っていた場所。

「…遠い昔のことみたい…。」

まだ、
今日とも言える日のことなのに。

「…。」

今なら、分かるよ。

また子さんが言った、
"一緒に居るだけでもいい"ということ。

そうだね、
…そんな叶いそうなことも、叶わないんだから。

本当に。

一緒に居れるのなら、
それだけで十分で、幸せだね。


「…待たせたな、紅涙。」


砂利のその先。

小さな煙とともに、
彼はいつもと変わらず、

私に小さく笑った。


- 29 -

*前次#