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場所


気配すら感じ取れなかったことに驚き、すぐに振り返る。

「あんた、は…?」
「…。」

その男は黙って私を見る。

煙管を持ち、
左目を隠す様に巻かれた包帯。
帯刀しているとは言え、その姿は薄着。

女物のような着物が不気味で。

…もしかして、
こいつが…皆を…?!

「…くく、」

足に力を入れた瞬間、男は不気味に笑う。

「悔しいか。」

私の背後にある仲間を見て、男は細く煙を吐く。

その着物に血は一滴もない。

これだけの人数、
これだけの血溜まり。

返り血を浴びないとは考えにくい。

「あんたは…知ってるの?」
「何をだ?」
「…仲間、を…っ、」

口にすれば、
また腹の底から堪えきれない憎悪が湧き上がる。

「仲間を殺したヤツが誰か、知っているのか?!」

抑えきれない思いは態度に出る。
それすらも、男は鼻で笑った。

「お前が知ってどうする?」
「殺すに決まっている!」

私はそれに即答した。

分かってる。
この男は関係ないのかもしれない。

だが逆なでされる。
厭味な笑いも、余裕な態度も。

全て、
知っているかのようなこの片方の眼も。

「私の手で…っ殺さなければ気が済まない!!」

ぐぐっと握り締めた自分の手が震えていた。

怒りで、
悲しみで。

「復讐か。」

私の姿を見てそう吐いた男は、
「普通だな」と本当につまらなそうに言った。


「お前はこいつらが殺されたことしか見ていない。」


男の持つ煙管の煙が風に流される。

「こいつらが何をしたのか。」
「どういう、こと…?」
「"結果"には"過程"があるもんだろう?」

この男やっぱり何か、知っている…?

疑いを持てば、
見透かされたように「例えの話だ」と鼻で笑う。

「まァ今分かることは、」

男は、ふうと煙を吐く。
薄ら笑いを浮かべて、私を見下げた。


「お前だけ、のけ者だったんだろう。」


その言葉に、足が動いていた。
側に置いていた仲間の刀を持って、男に斬りかかっていた。

だが振った刀は風を斬っただけ。

「くくく、」

容易にかわして男は笑う。
その顔に向かって、すぐに私は体勢を立て直して斬り込んだ。

だけど、

「ぐっ、」

私が斬り込んでいたはずなのに、いつの間にか形勢が逆転していた。

喉元に、男の刀。

「何が復讐だ。」

眼前で男が囁く。
その背景には紅い仲間。

「そんなもんで、誰を殺せる?」

チリチリと喉元が痛む。

仲間は軟弱なやつらじゃなかった。
それをこの一か所だけに集めて殺した。

殺したやつは、きっと強い。

「自惚れるな。」

この男も然り。
刀を抜いたことすら見えなかった。

「お前は弱い。」

私は、弱い。


「お前が生かされた意味を考えろ。」


生かされた、意味…?

私は…生かされた…?
彼らに…?

どうして…。
たった一人で生きて、どうしろと言うの…?

また涙がこみ上げた時、男の刀が肌から離れた。

その刀は鞘へと納まり、
何事もなかったように男は私に背を向けた。


「時間だ。」


そう言った時、遠くから多くの声がした。
サイレンの音と一緒に。

「真選組…?」

誰かが通報したのか。

でも…、
私がここに来た時、野次馬は居なかった。

つまりはこの状況、
まだ誰にも見られていないはず。

「どうして…真選組が…?」

それに、
いきなり来るなら救急車とか…。


「…ついて来い。」


え?

「無駄死にしたくねェんなら、ついて来い。」

私に背中を向ける、
その男の髪が風に揺れる。


「お前の復讐、果たして見せろ。」


どうしてこの人は、私を連れて行くのか。

仲間を殺ったのは誰なのか。


何も、
分からなかったけど。

「御用改めである!」
「副長!誰もいません!」
「ンだと?!アイツら嗅ぎつけやがったか…。」
「それが…奥で…、」
「…?…、っな…。何だ…これは…、」

ただ、
この人についていけば。

「お前、…名前は?」
「…紅涙、…早雨 紅涙。」
「紅涙か。」

何か、分かるかもしれないと思って。

「俺は高杉 晋助。」
「たか、すぎ…、」
「今日からお前は俺たちの同志。」
「同志…?」

何か、変わるかもしれないと思って。


「今日からお前は、鬼兵隊だ。」


私は、
鬼兵隊へと足を踏み入れた。


「…また子さん、」
「んー?」

隣で暇そうにしている彼女の拳銃。

「…それ、私にもひとつくれませんか?」
「はァァ?!駄目ッス!これ高ェし!」
「そう言わずに…、」
「ちょ、勝手に触んじゃねェ!」

腰にあるもう一つの銃に触れれば、素早くかわされた。

「私、刀だけじゃ不安なんですよ。」
「心配性なんだよ!」
「だからそれも使えればなあ…と思って。」
「話聞け!」

ギャーギャーと言っていると、背後に気配がした。

「また子、ひとつやれ。」

その声に顔を向けるよりも早く、また子さんの黄色い声がした。

「晋助様っ!…てか、ええぇぇ?!無理ッスよ!」

忙しなく手を動かして、困ったように抗議する。

「いくら晋助様の頼みでも…、あ。
でもどうしてもって言うなら、そのあの晋助様が新たに買ってくれるなら、ってか晋助様をくれるなら考えなくも」

早口な彼女を見ていると、高杉さまが「分かった」と言った。

「やるよ。」
「「え?!」」

私とまた子さんの声が重なる。
彼女を見れば、ポッと頬が赤くなっていた。

「し…、しっ晋助さばああああっ!」

興奮して猪のように走りだした彼女と、

「買ってやるよ、新しい銃。」

冷静な高杉さまの声は、ほぼ同時で。

「え。」

また子さんの顔を引きつらせて止まった。

「あーあ。」

私が含み笑いで言えば、「何だ?」と高杉さまが眉を上げる。

「それが望みだろう?」
「そ、そう…ッス。それもそうッス…。」

また子さんは呟くように「嬉しいッス…」と言った。

彼女はすごい。
高杉さまに心底惚れている。

なかなか長い片想いだけど。
一緒にいれるだけでもいいって言ってた。

そんなもんなのかな。

「紅涙、銃に頼り過ぎるなよ。」
"お前の刀は十分に喰えるようになった"

満足そうに笑む高杉さまに、私は「はい」と笑う。

その間にすかさず、

「銃触るんなら、中途半端にさせないッスよ…。」

不敵に笑うまた子さんが入って邪魔をする。

「いいことじゃねーか。」
"可愛がってもらえ"

これまた不敵に笑う高杉さま。
そこに、

「晋助、そろそろ次の準備をするでござるよ。」

ヘッドフォンをした河上さんが来る。
その横に武市さんもいて、また子さんを見てガッカリしたような声を出した。

「まーた貴方はこんなところでサボっているのですか?」
"これだから相手にされないんですよ"

キー!とまた子さんは銃を向ける。

「てめぇ!それとこれとは関係ないッス!」
「また子、紅涙に銃を忘れるなよ。」
「うぐ、っ…こうなりゃ紅涙も巻き添えッス!」

そう言って、
武市さんと私に一つずつ銃が向く。

「え−?!私関係ない!」
「ついでッス!」

その瞬間、パンッと破裂音。

「う、撃った…。また撃った…。」

この人、本当に撃つ。
とは言っても、いつもぎりぎりで当たらないもの。

その跡ともいうべきか、壁にはいくつも銃弾の痕跡がある。

温かいけど、温くない。
仲間だけど、どこか割り切っている。

以前のような仲間とは違う、私の仲間。

「ふふ、」
「どうした、紅涙。」
「いえ、仲のいい仲間だなぁと思って。」
「…何度言ったら分かる。仲間じゃねェ、同志だ。」
「はーい。」

高杉さまにそんな返事をすると、

また子さんが「無礼者!」と言って発砲する。

河上さんが「壁が崩れる」と呟いて、
武市さんが「猪女ですね」と溜め息をつく。


これが、

私の場所。


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