31


輝く星


「…紅涙?」

重い私の顔に、
土方は不思議そうな声を出した。

「…、」

私は黙ったまま、
静かに足のホルダーから銃を取り出す。

「お前っ…、」

…本当は。

本当は、
こんな間なんて空けずに、
銃弾が土方の胸を貫くはずだった。

「…。」

私が撃てば、
潜んでいる仲間は駆け出す。

たとえそれが、
土方を傷つけることが出来なくても。

「そんなもんまで…持ってんのかよ。」

…だけど、

「…、…土方、」

それは、しない。

「…紅涙、お前は何を抱えて」
「話、聞いて。」
「…?」

もう、出来ない。

「今から言うこと、黙って聞いて。」

土方から貰った、
あの僅かな幸福感のせいだけじゃない。

ただ、
ただ私は、

彼を、
ここで終わらせる理由が見当たらない。

いくら探しても、

見当たらない。

「何を言う気だ?」
「いいから。」

仲間は守る。
守れるものを見誤る私に、明確に分かる守れる命だから。

私の感情で、
彼らを犠牲にすることはできない。

だから。


「今から、…土方を撃つよ。」


この時間は、やめない。

「…だろうな。」

土方は薄く溜め息を吐いた。

いくら静かに聞けと言ったからにしても、彼の落ち着きはこの状況で異様だ。

子どもが喧嘩を吹っ掛けたぐらいに思っているのだろうか。

「冗談なんかじゃない。本当に、撃つから。」

彼に向けて、
握り直した私の手にある銃が重く動く。

「…そうかよ。」

土方は目の色も変えず、
ただ私を真っ直ぐに見ていた。

その眼に映る私は、
どんな風に見えているんだろう。

「…その茂みに、私の仲間が潜んでる。」
「"仲間"?」
「振り返らないで。」

不釣り合いな得物を持った女?

それとも、
手のつけられない情緒不安定な女?

「…私が撃つと、出て来る。」
"あなたを、狙って"

必死に何かをするこの様は、
水のない魚のようだと頭の隅で自分が笑う。

「俺を、狙って…?」
「そうよ。」

土方は「そうか」と小さく呟いて、安心したように薄く笑った。

「…なに?」
「いや、俺はお前が粛清でもされんじゃねーかと思ったからよ。」

そう言って、
土方は「ほらこの前、」と続けた。

「呉服屋の時、お前"どうしよう"って言ってただろ?」

…この人は、

「あの時の顔面蒼白が、今に繋がってるのかと思ってな。」

この人はどうして笑えるの…?


「だが、俺なら問題ねェ。」
"良かった"


どうして、私に笑えるの?

「…、」

…どうして、
どうして私を想ってくれるんだろう。

こうなっている今を、
こうしている私を、どうして拒まないんだろう。

「…土方、」

もっと、
もっと近づきたい。

この人を、もっと知りたい。
触れたい。

「わたし、は…、」

一歩、足を踏み出した時、

「っ、」

砂が擦れる音と、
茂みに見えた仲間の姿が一瞬にして私を覚まさせた。

「…紅涙…?」

いつの間にか下りていた腕を上げて、私はもう一度銃を向けた。

この男は、
私には勿体ない人。

「…私が言えるのは、…これだけだから。」

あまりにも似合わない。
あなたの隣は、私なんかじゃ駄目だ。

こんな私じゃ、駄目だ。

「私は…彼らを死なせる気はない。」

今まで私は、
ある程度の結末を予想して動いてきたつもりだった。

だけど、
もうしない。

「…、…生きて。」
「…お前…、」

あなたには、生きてほしい。

「土方なら…生きられるよ。」

私のしなきゃいけないことをして、
土方のしなきゃいけないことをする。

そうやって見えた最後を、私は受け入れる。

…だけど、

「…生きて、…やり直したいな。」

…だけどもしこの先で、
私がまだあなたの前に立っていることが出来るなら。


「出逢いから、…やり直そうよ。」


また、土方に出逢いたい。

私じゃない私で。
駄目じゃない私で。


「土方に、逢いたいよ…。」


あなたに、逢いたい。

「紅涙…、」

土方は、
ゆっくりと目を閉じた。

そして、

「ああ…、分かった。」

とても穏やかな顔で、


「やり直そう。」


私に笑った。

「お前の厄介事、とっとと終わらせよう。」

土方なら、平気。

「…うん。」

どんな終わりを見ても、
どんな始まりを控えていても。

「…信じてるよ、土方サン。」

土方だから、平気。

「さあ、…始めようぜ。」

ここであいつが"特別"を想ったように、

私も、
この場所で"特別"を想うよ。

「…始めるよ。」

私は、
土方に向けていたその銃の引き金を、


---…パンッ


引いた。


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