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ピリオド


「…かしこまりました。」

私の言葉に、
出しかけた刀を仕舞って身を引いた。

「…土方、」

構える姿に私は足を近づける。

「紅涙、ッ、退いてろ、」

顎で横をさす様に、土方は私を見る。
それに顔を振った。

「…これは言ってなかったけど、」

私は銃を取り出して、自分の胸の前で握り締める。

「…私が、土方を…殺すの。」

風の音が、
耳にまとわりつく。

「…あなたが死ぬことが目的じゃない。」
"私があなたを殺すことが、目的…"

ゆっくりと、視線を土方に向けた。

土方は驚いている様子だったけど、
「そうか、」といつかと同じような返事をした。


「"お前に、殺されるなら…ッ本望だ"、」


そう口にして、
土方は片方の口を吊り上げて笑う。

「そう、言いてェとこだが、ッ、生憎、俺はまだ、死ねねェッ。」

握り締めていた刀を放し、おもむろに懐へ手を伸ばした。

「やること、あるからよ。」

土方の行動に警戒する様が背後から伝わる。

だけどこれは、良く知る仕草。

「煩わしいこと、片づけて、やんねェと…ッ、」

私の知っている、
土方の、いつもの仕草。


「俺が、どうにか…しねェと、なんねェ…から。」


ゆるゆるとしたその手は、
弱々しく箱を掴み、震える手で煙草を咥えた。

辛うじて点けた火を灯し、

「…だから、」

私を見下げるように、


「俺は…、まだ死なねェ…!」


あの自信に満ちた、その顔で。

土方は薄く笑った。


「俺を、殺してェならッ…斬ってみろ、紅涙!」


挑発的な眼。
私に踏み出そうと力む足。


「お前を止めて、ッ、俺が片づけて、やらァ!」


反比例するように、止まらない血。

「…土方…、」

斬るなんて、必要ない。

それだけの血を流して、
立っているのが不思議なほどなのに。

それに、
土方は刀を持っていない。

「…もう、いいよ、」

本当は、
分かってるんだよね。

「土方…、もう、十分だよ。」

自分には、
もう誰かに傷一つ付ける力なんてないこと。

「あなたはもう…動けない。」
「馬鹿に、ッすんなよ、紅涙!」

土方は私を襲うように踏み出した。

だけどそれは、
やはり一歩とも進まず終わり、

「くっ、」

片膝が折れて、うずくまった。

「…ンだよ、ッ、くそッ、ッ…、」

それでも土方は立ち上がる。

「…土方…、」

震える手と足で身体を支え、乾いた血の上に新しい血をつける。

「ハッ…、そうだよ、…お前のッ言う通り…、」

咳き込んで端に捨てる。
口元を拭って、土方の眼はダルそうに瞬いた。

「もう、…動けそうにねェわ、」

はあ、と吐く溜め息も途切れる。

「く、くく…、情けねェ…ッ、」

土方は乾いた笑い声を数回出して、「結局、」と続けた。

「結局俺は、…何も、ッ…守れねェのか、っ、」

嘆き笑うその姿に、私は「違う、」と言った。

「土方は…ちゃんと、しなきゃいけないことをした。」

"何も守れなかった"なんてことはない。

「守ったから、…こうなってるんだよ。」

少なくとも、
私はあなたに救われた。

あなたに、守られた。

「…、…お前、は?」
「え…?」
「俺は、…お前を、守れたのか…?」

土方の瞬きが遅い。
呼吸が落ち着いてきている。

「私が、…一番守られたよ。」

あれほど肩で息をしていたのに、嘘のように穏やかになってきている。

「土方に、…守ってもらった。」

何度も、
…何度も。

「ずっと…、土方は守ってくれてた。」

出会ったあの夜から、

ずっと。

「そうか…。」

土方はゆっくりと目を閉じる。

「それならこれも、…俺がお前にしてやれることなのかもな。」

重い瞼を、
愛おしそうに開けて、


「…殺してくれ、お前の、…手で。」


私に柔らかい眼を向けた。


「終わらせてやるよ、俺が。」


…土方、

「…、…うん。」

土方…。

「…さよなら、…土方。」

さよなら、

…土方 十四郎。


一発の銃声は、
静かに響いて、夜に溶けた。


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