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時の星


「"昏睡"…?」

昏睡って…、
どういうことだよ…。

なんで…、
なんでアイツがそんなことに…?

「まァ昏睡っつっても、まだ二日目だがな。」
「…、」
「傷は処置したし、後は目ェ覚ますだけだ。」
「…坂田…、」

話が、見えない。

「紅涙は…、怪我してたのか…?」

動揺する俺を、
坂田は想定内だというように頷く。

「…ああ。」
「どこに…?!」
「…背中。背後から貫通した刺し傷だ。」

そんな傷…、
どう考えても俺が意識を手放した後としか考えられない。

誰が…?

あの場には、
紅涙の仲間しか居なかったんじゃなかったのか…?

それをどうして紅涙が刺されなきゃいけない?

「…俺の、…せいか。」

紅涙が俺を生かしたことを知ったのか。


「俺のせいで…アイツまでそんな傷を…ッ!」


俺が、
…俺が終わらせてやんねェと。

「…土方、これは…目を瞑れ。」

坂田は"駄目だ"と言うように顔を振る。

「紅涙ちゃんにとって、これが…ケジメになったんだ。」

坂田が言うには、

その傷は、
ほんの僅かに急所を外れていたという。

その逸れ方は、
普通なら有り得ない貫き方で。

こうなることを狙っていたとしか言えないと。

「殺すつもりはなかったんだろ。…。」

坂田は目線を下げて、眉間に皺を寄せたままどこか遠くを思う。

「土方、紅涙ちゃんに傷をつけた奴を憎む気持ちは分かる。」

「だがな、」と続ける。


「そいつをお前が追いかければ、紅涙ちゃんはまた戻されることになる。」


坂田の言うことは分かる。

このことを、
俺が一人で動いたとしても、きっと紅涙にも害は及ぶ。

その組織を壊滅させるまで、
紅涙はずっと同じ場所で今まで以上の苦痛を受ける。

「…くそ…ッ。」

あまりにも腑に落ちない。
手も足も縛られて、ただ耐えろと言われているようだ。

「…お前は、出来ることをしてやった。」

俺を捉える眼は、真っ直ぐに光る。

「紅涙ちゃんは、…ちゃんと答えを出した。」

そう言った坂田は目を細めて、


「…もういいんだ。」
"紅涙ちゃんも、…お前も"


薄く溜め息を含ませて、僅かに笑みを浮かべる。

「終わったんだ、これで。」

その言い方は、断言に近い。

それだけ言い切れるものは何なのか、
どうせ聞いてもはぐらかすだろうと面倒になった。

今は、
それよりも今は。


「とりあえず…逢いてェ。」


紅涙に、逢いたい。


「…そうだな、逢ってやれ。」
"紅涙ちゃんもそれを望んでる"


万事屋までの夜道。

坂田は、
俺をけなすこともなく、
馬鹿にすることもなく、
気持ちの悪いほど、いいやつだった。

紅涙と俺の話なのに、
まるで坂田も何かにキリがついたような顔付きだった。


「ただいまー。」

坂田の声は、暗闇の部屋に響く。
あのガキも寝ているだろうにと思っていたが、

「お帰りアル、銀ちゃん。」
「おう、ただいま。」

まるで昼間のような顔を出し、その青い眼で俺を見た。

「遅いアル!」
「…悪かったな。」

俺は「世話になるぞ」と玄関を上がり、暗い廊下を歩く。

短いその廊下の先の部屋。
小さくポッとだけ光るライトの下で、

「…紅涙…ッ、」

紅涙は目を閉じ、眠っていた。

サラシを巻いた胸の下に、
腹部には同じような包帯が何重も巻かれている。

だが眠る紅涙の様子は静かで、苦痛のない表情。

「坂田…、」
「あぁん?」

俺は欠伸をする坂田に何度目かの頭を下げた。

「…すまなかった。…ありがとう。」

頭を上げれば、
坂田は「お、おう」とだけ返事をした。

「それで、紅涙の処置は誰が?」
「あーそれは内緒。腕はいいけど闇医者だからよ。」
「…そうか。」

世話になったんだ。
今日聞いたことは、聞かなかったことにする。

「…だがこれだけの傷で、紅涙はここまで歩いてきたのか…?」

そう言った俺に、
坂田は「いや、」と言った。

「連れて来てくれたヤツが居てな。」
"早く処置してやってくれって必死だった"

思い出すようにしていた坂田が「ああそうだ」と俺を見た。

「お前のことも通報しといたっつってたぜ?」

『匿名の通報があったんです。"人が血を流して倒れている"って。』

山崎が言っていたこと。

「それは…女か?」
「おお聞いてんのか?」
「ああ。だが匿名で、駆け付けた時には誰も居なかったらしい。」

俺の話に、坂田は「そりゃそうだな」と頷いて見せる。

「何がだ?」
「あー…いや、ほら"駆け付けた時には誰もいない"ってやつだ。」
"その時は紅涙をここに運んでんだからな"

早口に言って、伸びをした。

状況からして、
その女の行動はとても出来過ぎたものだった。

傷を負った二人が倒れていたであろうその場。

その一人を通報し、
もう一人を抱えて万事屋に連れていく。

どうして救急ではなく通報した?
どうして紅涙を病院に連れていかない?

通報した理由が、
真選組に俺を拾わせるためだとしたら?

病院に連れて行けば面倒になるから、
紅涙をここへ連れこんだのだとしたら?

万事屋に連れてきた理由は?


「…誰なんだ、それは。」


まだ終わってねェんじゃねーのか?

その顔は、
坂田にも伝わっていたようで。


「安心しろ、そんなヤツじゃねーよ。」


鼻で小さく笑って、

「聞いた時は、俺も信じてなかったけどよ。」

ゆっくりと紅涙の方を見た。
坂田は目を閉じる紅涙に笑って、


「紅涙ちゃんの"友達"なんだってよ。」


そう言った。

「紅涙の、…友達?」
「…ああ。そう言ってた。」

頭の中で、
その言葉を何度か反復して紅涙の方を見た時、

「ッ!」

瞼を閉じる紅涙の眼から、涙がスッと耳の方へと流れた。

「紅涙っ?!」

すぐに近寄れば、
紅涙はゆっくりと目を開けて、

「……うん、」

天井を見たまま、ぼんやりと頷いて。

「私の…、…友達だよ…。」

開けた眼から、
瞬きもせずにまた涙を流した。


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