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黄金色


私を貫いた刀。
痛みで痺れて意識を失う時、

"ああ、死ぬんだ"

そう思った。

私が間違ったんだ。
恩を仇で返したんだ。

こうして私を消しに来たこの人は、
酷く裏切られた思いを感じているのかもしれない。

そんなことを考えながら、

「…用無しだ、紅涙。」

呟く高杉さまを見て、
私は"死んでもいいか"と思った。

きっと、
私の知らないあっちの世界には、

たくさんの仲間がいて、
たくさんの思い出で溢れている。

時間は無限で、
私はあの頃と同じように笑っている。

酷い環境でも、
貧しい生活でも、

彼らが居たあの世界だけで十分。

ずっと、
ずっと終わらない日常があるんだ。

それでいいじゃないか、

これ以上、
何を望むのだろう。

…でも、


「…、…るッスよ!」


でも。


「万事屋はもうすぐッス!頑張るッスよ!」


沼の中にゆっくりと沈む耳に、聞き慣れた声が届いた。

この声は、また子さん。

何の話?
万事屋に行くの?
どうしてまた子さんが?

そう口にしようとしても、酷く面倒だった。
自分の瞼すらも開いているのか分からない。

私を支える手が、
よりギュッと力を込めた時、

「ごめん、っ…ごめん、紅涙!」

苦しくなるような声で、彼女は言った。

違うよ、また子さん。

それは、
私のセリフだ。

「いつかこうなることは…分かってたッス…。」

時折、鼻をすする音。
泣いているのかもしれない。

泣かせてしまったのかもしれない。

「どうにかしてやることが…出来なかったのは自分ッス。」

痛みよりも、
彼女の声の方が身体に流れる。

私はそれが心地よくて、

「それでも、…分かってほしいッス。」

彼女の声を感じながら、


「高杉さまは…、本当にアンタを…、」


眠気に誘われるように、眼を閉じた。

…これが、
最後になるのも知らずに。


「何で紅涙がこんなことになるネ!」

わあわあと泣く子ども声。

耳に触るその声に目を開けば、
今度は男の人の声で「おい!」と大きく聞こえる。

「紅涙ちゃん?!聞こえてるか?!」

霧がかった頭の中に、坂田さんの悲壮な顔が映った。

「坂田…さん…、」

声にすれば、
坂田さんは心底心配したといった様子で溜め息を吐いた。

それを押しのけるように、
「紅涙!」と顔を出したのは先ほど泣いていた女の子。

「神楽ちゃん…、」
「馬鹿ネ!紅涙は本当に馬鹿アル!」

"言ってくれれば力になったのに"
小さな彼女はそう言ってまた泣いた。

「おいこら神楽!紅涙ちゃんの上で泣くな!」
"傷口開くだろーが!"

その光景に、私は苦笑した。
そして自分の身体を触り、腹部に巻かれた分厚い包帯の下に痛みを感じた。

「…私、生きてるんですね。」

高杉さまに貫かれた私が生きているなんて。

坂田さんは呆れたように笑い、「当たり前だ」と言った。

「お前は、生きなきゃなんねェ。」

徐に伸びた坂田さんの手は、
私の頭をぐしゃぐしゃと撫でつけた。


「生まれた限り、死んでいい時なんてねェんだよ。」


その言葉は、
乾いていた私の中に染み渡った。

「お前は色んなヤツに支えられて助けられて…生かされてる。」

狭間で、
歩くことをやめたかった私に、


「テメェの勝手で、どうこうしていい話じゃねェんだ。」


彼の言葉は沁みて、
泣けた。

「んじゃァま、呼んでくるか。」
"色んなヤツの一人をな"

そう言って、
坂田さんは背を向けたけど、

「そうだ、紅涙ちゃん。」
「はい…。」
「寝たフリ、してろ。」
「え…?」
「その方が盛りあが…いや、その方がいいからな。」

それだけを言って、
「頼んだぜ」と神楽ちゃんの肩を叩いて出て行った。

それからしばらくして、
「ただいまー」と帰ってきた坂田さんは、


「世話になるぞ。」


土方を連れてきた。

寝たフリをしていろと言われたけど、
様子を窺いたくて、無意識に瞼がピクりと動いた。

ああ、
土方の声だ。
あれだけの傷だったのに、もう平気なの?

「紅涙っ!」

私を呼ぶ土方の悲壮な声。
今すぐにでも目を開かないと申し訳ない気がする。

どうしたものか…、
そう悩んでいた時、

「…だがこれだけの傷で、紅涙はここまで歩いてきたのか…?」

土方が言った。
私は寝たフリをしたまま、その話を聞くことにした。

そして。

その時、
初めて聞いたんだ。


「紅涙ちゃんの"友達"なんだってよ。」


私のことを、
一度も"友達"だなんて言わなかった彼女の気持ち。

同時に、

「っ…、」

もう二度と、
会うことはないのだと悟って。

「紅涙っ?!」

涙が溢れて。

「……うん、」

頭の中で彼女を思い、
心の中で彼女に謝って。

「私の…、…友達だよ…。」

流れた涙で、

彼女に感謝をした。


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