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過保護


土方に従うがまま、辿り着いた真選組屯所。

鬼兵隊に入る前も今も、
帯刀している私にとっては敬遠すべき場所。

「とりあえず、さっきの調書とるから。」

刀の調書。
私は「はい」と頷き、建物へと足を踏み入れる。

と、すぐに。

「どういうつもりっすかねィ、土方さん。」

廊下の柱に、
凭れかかるように腕を組む男。

この男も知ってる。
真選組一番の刀使い、沖田 総悟。

「…総悟、」
「どこの馬の骨かも分かんねェような女を上げるなんて。」

その眼は私を射抜く。

敵意しかない不快な視線を、
私は睨み返したい気持ちでいっぱいだった。

「さっき連絡した通りだ。」
「帰りたくないからって帰さねェんですかィ?」

"それが正しいとは言えやせんね"

呆れ口調でも気は張り詰めている。
少しでもボロを出せば、呑み込まれてしまいそうだ。

「確かに正しいことじゃねーだろうな。」

土方はふぅと細く溜め息を吐く。

「だがここに連れてきたのは拾得物の調書をとるため。」
「…。」
「それを書き上げるまでは監視。それだけだ。」

すらすらとそう言って、私に「行くぞ」と促す。


「喰われるなら一人でしてくだせェよ。」


沖田が声を掛ける。
それにも動じず、鼻で笑って「喰われねーよ」と返事をした。

私は唖然としたまま、前を行く土方の背中を見る。

…この人、すごい。
頭の回転がすごく速い。

外での私たちの会話からして、今話したことが真実だとは思えない。

つまり、
瞬時にうまく言ってくれたということ。

「…あの…土方、さん、」
「俺の名前…、そうか。さっき総悟が言ってたな。」

廊下を歩く、土方の背中。
声を出せば「どうした」と返ってくる。

「…さっきは、ありがとう…ございました。」

私の声に、土方は黙る。
ひとつの部屋の前で「入れ」と言われ、中に足を踏み入れる。

土方が座ったところで、「"さっき"って?」と言われた。

「えっと…、お…総悟…さんの。」

危ない。
さっきの流れからして、私は"沖田"ということを知らない。

記憶障害の女が、
一体どこまで忘れているのかが分からない以上、下手に話せない。

「気にすんな。総悟はあーいうヤツだから。」

「いつものことだ」と言って、
土方は煙草に火を点けて紙を取り出した。

「とりあえず、調書な。」
「あ、はい。」

さらさらと少し書き、私の渡した刀を手に取る。

「これを拾ったんだよな。」
「…はい。」
「場所は?」
「さっきの場所です。」
「どの辺りで?」
「…私の居た、あの辺りです。」

私の答えに頷きながら、刀を鞘から出す。

「…手入れされてんだよな、コレ。」

刃を人差し指で僅かに擦る。
彼の指から、ぷつりと小さく血が出た。

「模造でもねェし…、鞘も綺麗…。」

険しい顔で思案する。
彼の頭の中には、色んな疑いが浮かんでは消えているんだろう。

「昨日も一昨日もなかったのに…。ってことは今日来たのか…。」

昨日…?
一昨日…?

「あの、」
「何だ?」
「毎日…あそこに行ってるんですか?」

私が去った二年、
誰も入っていなかったと思っていたあの場所。

土方は「いや」と顔を振る。

「俺が見回りの時だけだ。」
「見回りの時は…必ず…?どうして…?」
「腑に落ちねェことがあってな。」

"それがどうかしたのか?"と今度は聞かれる。

私も同じように「いえ」と返事をして顔を振り、

「…あの場所…、気になったので…。」
"ぶ、不気味な感じがして"

曖昧に、至極一般的に返した。
すると土方も「まーあそこはな」と言って、

「訳ありの場所だし、近づくやつも少ねェよ。」

煙草の灰を落として、また少し書き進める。

"訳ありの場所"

知りたい。
あの時のことを、どんな風に真選組は捉えているのか。

聞きたい。
土方の言う"腑に落ちないこと"。

…でも。
出来るわけ、ない。

「…、」

だけど。
覚えてくれてる人がいる。
気になってくれている人がいる。

あの惨忍な夜は、風化していない。
この人が覚えてくれている限り。

それだけでも、嬉しい。

「…それじゃあ、時間は?」

土方が顔を上げる。

「これを拾得した時間。」

刀を見る。
私は「時間…、」と口ごもった。

土方と会った時、というのが妥当だろう。
それを口にしようとすれば、「ああ、そうだ」と声を掛けられる。

「お前の住所は?」
「じゅ、住所…ですか…、」

きた。
一番の難問だ。

江戸とは言えないから…、
あ、でも忘れたふりでも問題ないのか。

そう思って口を開いた時、

「あーやっぱ無理だよな。」

土方がそう言った。
私が首を傾げると、「記憶障害だもんな」と言う。

「覚えてるわけねェか。」
「えっと…、土方さん…?」
「これじゃあ調書取れねェわ。」

このわざとらしい感じは…?
私の困惑した眼を察したのか、土方は顎で障子の方を差した。

そこには誰もいないが、確かに気がある。

「拾得前後の行動も分かんねェし、もしかしたらということもある。」

"これがお前の刀だという可能性もある"

例えとして話す土方の言葉に、心臓はドクリと鳴る。

「となると、攘夷一派の可能性もある。」
「攘夷…。」
「そう考えるとお前はミスをしたわけだから、」
「は、はい…。」

やんわりと傷口に触れられているような感覚に陥る。

もちろん、
土方が意識して口にしているわけではないが。

「ここから出た瞬間に仲間から消されるってこともありえなくはねェわな。」

…ありえる話だ。

もしかすると高杉さまは、
今まさにそう考えているかもしれない。

「まァそういうわけで、暫く保護だな。」
「…は、はい?」

保護、という言葉に首を傾げる。
土方は灰皿に煙草を置いて、「当然だろ」と続けた。

「仮にも刀持ってたやつを、はいそうですかって出すわけにはいかねェ。」

…なるほど。
これは私を病院に連れていかない理由か。

あの障子の向こうで聞く男への理由。

「こんな時勢に拾ったもんが悪かったな。」
"恨むんならテメェの運を恨めよ"

土方は鼻で笑い、短くなった煙草を吸う。

「まあ俺達が調べる間だけだから気負う必要はねェよ。」

そして土方は筆を置く。
私は「はい」と頷く。

それを確認したように、外の気配は静かに消えた。

「ったく。」

土方は溜め息をついて煙草を消した。

「やっぱり総悟さん、ですか?」
「ああ。」
「…大丈夫、なんでしょうか。」

あの男から、かなりの敵意を感じる。

私をここに置いて、
この人は大丈夫なんだろうか。

「…。」
「…どうした?」
「い、いえ…。」

そう普通に口にしていた自分に驚いた。

私、この人を心配してる。

「ま。問題ねェよ、正当な理由だろ。」
「そう、ですか。」

この人、親切過ぎる。

いや、
それだけ腕に自信があるということか。

どんなヤツが潜り込もうと、自分を絶対に斬られない自信。

「とは言え、保護するのもせいぜい三日が限界だ。」

土方は煙草を消して、書きかけの調書を机に置いた。


「三日の間に、お前も腹くくれよ。」
"病院も心配してんだからな"


私はその言葉で、
はたと自分の設定を思い出して、何度目かの曖昧な返事をした。


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