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空気


疑わしい存在ではあるものの、
実際の被疑者でもない私の待遇は微妙らしく。

「あー…、とりあえず寝るとこは…、」

土方は私の扱いに困った。
ただでさえ皺の寄っている眉間が、さらにギュギュッと寄っている。

「他のヤツらが目のつかねェ場所で…」
「あ、あの…牢とかでも…。」

こんな場所だから、牢のひとつぐらいあるだろう。

それに、
そんな隔離された場所の方が私としても都合が良い。

抜け出すことを考えられる。
だが土方は「駄目だ」と即座に言い捨てた。

「罪状があるわけでもねェのに、ンな場所に入れられるかよ。」

"それに女だしよ"
土方はふうと肩で溜め息をする。

真剣に考える土方を見ていると、居た堪れない気持ちが襲う。

私は確かに女だけど。
土方が思うような、普通の女ではない。


あの刀を握り、
人を手に掛け、
高杉さまの懐刀。

罪状は、山ほどある。

「牢で…いいですよ。」

それが私の相応しい場所なのは確かだ。

土方と視線が合う。
私を刺すように見て、

「…仕方ねェ。」

そう言って立ち上がった。

牢か。
逃げる方法、考えながら入らなきゃ。

私の横を通り過ぎた土方を見ながら考えていると、

「…ここ、使え。」

スッと襖を開けた。
この部屋とを仕切る襖。

つまりは、

「と、隣…ですか。」
「ここしかねェんだよ。」
"あんま人の目につかねェ場所"

土方の部屋の隣。
掃除はされているが、使われていないことが分かる。

「ろ、牢はないんですか?」

部屋を与えられるとは思わなくて。
顔を引きつらせながら口にすれば、「しつこい」と言われた。

「お前、牢に入りてェのか?」
「いっいえ、そういうわけでは…。」
「まァ三日前後だ。ここで辛抱しろ。」

土方は「出来ねェんなら、」と続ける。


「別に無理しねェで病院帰してもいいけど?」

片方だけ口角を上げ、にやりと笑む。

皮肉るような笑み。

「…。」
「…?どうした?」

ざわっと何かが胸を通り過ぎた。


『どうした、紅涙。』


そう、か。
高杉さまと被ったんだ。

それ、だけ。
それだけ、だよね。

「…部屋…、ありがとうございます。」

私は軽く頭を下げる。
土方は「構わねェよ」と返事をする。

「だがここに居る間、俺の許可なく部屋の外は出歩くな。」

あまり目につかせたくない。
総悟のように思うやつがいるかもしれない。

そう言う土方に、私は「あの、」と手を上げる。

「厠も、ですか。」
「あー…、…、…そう、だな。」
「う…。」
「仕方ねェだろ。」
「し、仕方ない…ですか。」

し…仕方ないか。
でも恥ずかし過ぎる…。

あまり行けない気がするなぁ…。

「風呂は入れてやれるから。」
「いいんですか?」
「ああ。気持ち悪ィだろ?」
「は、はい!」

それが普通に嬉しくて、思わず大きな返事が出る。

「静かにしろ!」
「す、すみません…。」
「だが着物までは用意できねェからな。」
「もっもちろん結構です。」

そんな滅相もない!と手を振れば、フッと土方が笑う。

「早速入るか?」
「いいんですか?!」
「もう使ってるヤツいねェだろうしな。」

土方の視線につられるように、時計を見る。

「二時…だったんですね。」

既に丑三つ時。

「来い。案内する。」
「はい!」

足音を忍ばせながら廊下を歩いて、「外で待ってる」と言われ別れる。


服を脱いで、
掛け湯をして、
広めの湯船につかる。

そこで気付いた。

「…しまった。」

何を和んでしまっているんだ、私。

どうにも土方の空気が身体に馴染む。
気を張り忘れる。

「初対面に近いのに…。」

土方が私を普通に扱うからかもしれない。

突き放すわけでもなく、
遠ざけるわけでもなく。

微妙な距離感が、たった数十分で馴染ませる。

「…女慣れ…してそうだな。」

扱いが上手い。

「顔もいいし…。」

今までちゃんと見たことなかった。

あんなだったら、
街で女に名前が売れるのも分かる。

「同じ黒髪でも…あの人とは違うなぁ…。」

高杉さまは、
あの人が纏う空気ですら身を斬られる気がする。

いい意味で、ずっと緊張する。

「…、…って、そんなこと考えてる場合じゃない!」

ザバッと立ちあがる。

「…今こそ…ここから出るチャンスなのに!」

横にある窓を見る。
浴槽でつま先立ちをすれば顔が出る高さ。

「ここ上がって外に…、…でも裸…。」

裸はさすがに…。
外を走るのも気が引ける。

それにこの風呂場。
襲撃を気に掛けてだろうが、外壁から離れた場所にある。

もし真選組敷地内で見つかれば、裸の私が言い訳するのはさらに難しい。

とは言え、
着物を着れば、布が浴槽に浸かって重くなる。

「そうだ、浴槽の蓋は…?」

蓋を閉めて上ればいい。
そう思うが、蓋がない。

「もう…、どこかにあるはずだよね…。」

屈んでみたりなどして見渡す。
だが見当たらない。

「明日にするしかないか…。」

一先ず、ここは立て直そう。

「今日は普通に入ろっと。」

そこから私はしっかりと風呂に入り、浴室を出た。

火照った頬を感じながら着物に手を伸ばした時、


「遅ェ。」


低く不機嫌な声に、身体がビクリと震えた。
すぐに顔を上げるが、戸は閉まっている。

「いくら女でも遅過ぎだろーが。」

び、びっくりした…。
見られてたのかと思った。

「みっ耳、澄まさないでください!」

戸越しに言いながら、着物に袖を通す。

「そこの戸、デケェんだよ軋む音。」
「変態!」
「誰が変態だコラァ!」

土方が待っていたことを思い出し、少し急ぎながら着る。

その時、
ゴトりと何かが落ちた。

「あっ…、」

それは、銃。
また子さんに貰った銃。

そうだ…、
刀はないけど、これがあった。

「おい、どうした。」
「べっ別に何もないです。」
"だから耳澄まさないでくださいってば!"

側には付けていたホルダーもある。
どうやら脱ぐときは無意識に外していた様だ。

やっぱり気を張れてない。
気を許しているとは…思いたくない。

会って間もない、
ましてや、真選組の男に。

「…。」

私はホルダーを元の足につける。
だが銃はそこに仕舞わず、胸元から帯に差し込むように直した。

「…痛い。」
「何だ?」
「何でもないです!」

胃の辺りに銃が喰い込んで痛い。

それを誤魔化す様に、私はようやく戸を開けた。

壁に凭れるように屈んでいた土方は私を見上げて、


「遅ェ。」


何度目かの声を掛けた。


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